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世界に後れをとる日本のAIスタートアップ、必要なのはデータ、課題感、市場感:明星和楽2018 Summer

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福岡のテクノロジーやクリエイティブシーン、そしてスタートアップコミュニティを考える上で欠かせないイベントとなった「明星和楽」。2018年9月15日(土)・16日(日)に開催された「明星和楽2018 Summer」では、福岡市のスタートアップ支援施設 FUKUOKA Growth Nextを会場に「逆説|PARADOX」をテーマとしたパネルディスカッションやピッチコンテスト、ブース展示などが行われ、国内外からおよそ3500名の参加者が集まりました。

15日に開催されたメインセッション「AIをビジネスとして成立させるために必要な『逆説』とは?」には、AIベンチャー・メドメインの飯塚統(いいづか・おさむ)代表取締役と、AI特化型のインキュベーター・ディープコア(DEEPCORE)の仁木勝雅(にき・かつまさ)President&CEOが登壇。tsumug(ツムグ)のソフトウェアエンジニア兼タレントの池澤あやかさんがモデレーターを務め、AIスタートアップが直面している現実とそれを乗り越えるために必要なことなどについて、技術とビジネス環境の両側面から議論しました。

飯塚さんが率いるメドメインは、AIを使った病理画像診断ソフト「PidPort(ピッドポート)」を開発しています。

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メドメインの飯塚統代表取締役

病理診断とは、体の細胞を顕微鏡で観察し、病気の有無や種類、進行程度を判断する精密検査の一種です。病理診断ができる医師は病理医と呼ばれますが、すべての病院にいるわけではありません。病理医がいない場合は、病理医のいる病院や検査センターに標本を送付し、結果が出るまでに1週間から3週間待つ必要があります。

しかしPidPortによるAI画像診断を使えば、解析・診断結果を1分程度で出すことが可能に。病理医による最終チェックは必要ですが、従来の技術では考えられなかったような病理解析の効率化を実現したそうです。現在は九州大学や順天堂大学、広島大学などと共同開発を進めており、2018年10月からは、導入を希望する病院にα版を配布する予定です。

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メドメインにも投資しているディープコアCEOの仁木さんは、2005年から2016年までソフトバンクグループの投資部門の責任者としてボーダフォン日本法人やスプリントなどの大規模M&Aやテックスタートアップへの投資に携わり、さまざまな投資先企業での取締役を経験。2017年からはAIに特化したベンチャーキャピタルとインキュベーターであるディープコアの代表として、AI人材育成に携わっています。

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ディープコアの仁木勝雅President&CEO

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仁木さんと飯塚さんの出会いのきっかけは、学生起業を目指す九州大学の学生が所属する「九州大学起業部」でした。仁木さんはBacklogなどのコミュニケーションツールを開発するヌーラボの社外監査役も務めており、ヌーラボの橋本正徳(はしもと・まさのり)社長から起業部を紹介され、そこから交流がスタート。2018年8月、メドメインは仁木さんのディープコア、そして九州に特化したベンチャーキャピタル「DOGAN β」から合わせて1億円の資金を調達しました。

AIスタートアップの狙い目は画像解析

世界中で数多くのスタートアップが起業するなかで、AI分野は特に注目を集めています。「スタートアップに相性の良いAIの技術分野は?」という池澤さんの問いに対して、米国や中国、そして日本を比較した現状を飯塚さん、仁木さんそれぞれが語ります。

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tsumugのソフトウェアエンジニア兼タレントの池澤あやかさん

「あくまでも比較論ですが、そもそも日本は起業家率が低いんですね。そしてAI、さらにディープラーニングベースのものとなると一段と少ないんです。2018年3月にディープコアが調査した数字では、日本ではディープラーニングベースで起業したスタートアップ(大企業発のものは除く)は10社程度しかありません。対して北米では200社以上があり、差が出てきていますね」(仁木さん)

「ディープラーニング以前の技術を使ったAIスタートアップは前から出てきているように感じますが、ディープラーニングを使ったものはまだそこまではないかなと感じています。AIスタートアップでは画像解析分野を手がけるところが多いですね。AIを使った映像や音声の解析、そしてその先にある言語理解の分野の研究も進んではいますが、スタートアップが使えてプロダクトを出せる分野と考えると、画像解析は相性がいいと思います」(飯塚さん)

AIスタートアップの最優先課題は開発ではなくデータ集め

続いて池澤さんが投げかけた話題は、AI開発に欠かせない学習データについて。GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazonの4社)に代表されるビックテック企業と比較するとAIベンチャーが使える学習データは少なく、その課題をどう乗り越えるかが問われました。

仁木さんは、学習データをどう集めるかがAIスタートアップが一番苦労する問題であるとし、その解決のためにAIスタートアップと大企業が持つデータを結びつけるサポートを行っていること、そしてAIベンチャー自身がデータを集めるしくみを持つことの重要性を語りました。

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「伝統的な大企業自身も、AI開発が自分たちだけではできないことを認識してきているので、オープンイノベーションも広がってきています。スタートアップ側もエンタープライズ側も歩み寄る余地があると考えています」(仁木さん)

「日本に限らず、米国や中国なども含め、自分たちがデータを集められるしくみをプロダクトの中に組み込んでいるスタートアップのほうが、現時点ではうまく行っているように見えますね」(仁木さん)

飯塚さんも、AIスタートアップにおけるデータの重要性、そして病院との共同開発を通じたデータ収集の実例を紹介しました。

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「AIスタートアップを始める上で一番大事なのがデータです。誰が開発するのかとか人材をどう確保していくかにフォーカスが当たりがちですが、実際にプロダクトを開発していく作業を考えると、データ集めとAI開発の比率は7対3、ないしは6対4くらいというのが実感です」(飯塚さん)

「最初の段階である程度のデータを集めておく必要はあるのですが、プロダクトを出して、ユーザーからデータを提供してもらいながらAIの精度を上げていくプロセスが必要な分野なのかなと思っています」(飯塚さん)

「メドメインの提携病院は国内外に20ほどあり、そこからデータを提供いただいています。病理医が一人前になるためには症例を2〜3万件見る必要があると言われています。対してメドメインは共同開発をしている大学病院から20~30万件のデータを提供いただいており、共同開発をしている大病院は九大病院の他にも複数あります。そのようなデータを学習しきれば、人間の病理医が一生かけて見る症例を上回ることができ、精度を出せるようになると考えています」(飯塚さん)

ただしデータを集めることはプライバシーとのバランスが問われます。2018年5月にはEUにおける個人データの取り扱いについて厳しく定めたGDPR(一般データ保護規則)が施行され、日本企業もその対応に追われました。一方で、中国ではAI開発のためにデータを利用しやすくする施策を進めています。国家レベルのデータ利活用に関するこのような違いについて仁木さんは、欧州と中国の政策にはそれぞれ一長一短があり、どちらが正しいというわけではないとした上で、個人情報に対して敏感な日本人の国民性を指摘しました。そのうえで医療データを扱う飯塚さんは意気込みを語りました。

「個人データの中でも医療データはかなりセンシティブな情報です。個人情報はもちろん隠さなくてはならないですし、その上でさらにインフォームド・コンセントを患者さんから取る必要もあり、そういった意味でもハードルは高いです。でもそういう分野だからこそAI開発が進んでいないので、将来性のある分野だと思っています」(飯塚さん)

AIエンジニアの採用は難しい? スタートアップの採用現場から見えること

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そして話題は人材へ。ソフトウェアエンジニアの池澤さんは、従来のエンジニアとAIエンジニアでは、求められる知識やスキル、特にAI分野ならではの数学など専門知識に差があると感じているそうです。そのなかでどのようにAIエンジニアを育て、採用していくかについて、飯塚さんは「WebエンジニアよりAIエンジニアのほうが応募数が多い」という採用の現状とその理由を話しました。

「WebエンジニアとAIエンジニアと一緒に開発を進めていく中で、求人活動も行っているのですが、求人を出すと意外と応募が来るのはAIのエンジニアのほうです」(飯塚さん)

「それはメドメインが名前が知られている企業だから、というわけではないんですか?」(池澤さん)

「ディープラーニングで何かを開発したいとエンジニアが考えたとしても、それを実現できる企業がまだまだないのかな、と感じています」(飯塚さん)

「実際それはどのあたりから応募が来るんですか? 日本ですか? 海外ですか?」(仁木さん)

「日本ですね。福岡市内からもかなり応募をいただいています」(飯塚さん)

「そういった人たちって、どこでどうやってAIの技術を学ばれて応募されているんですか?」(池澤さん)

「独学が多いですね。最先端で研究されているような人とはそうそう出会えないんです。ただ興味があって独学で学んでいる人はそれなりにいて、スタートアップがAIの開発人材を採用するのであればそのような層から探すことになると思います」(飯塚さん)

その上で仁木さんは、スタートアップであっても最先端のAIエンジニアを採用できる可能性があること、そしてそれには何が必要かを話しました。

「AIエンジニアは少ないですが、それなりの数はいます。ただ大学や大学院でAIを学んだ優秀な学生たちは、特に東京だと新卒でそのままGAFAに採用されていく現状があります。彼らには年収2000万円、最高で5000万円くらいの金額を提示しますから。そのまま大学で研究者を目指したり、外資系コンサルに入るという道もあります。なので優秀な人を採用しようとするとどうしても採用コストがかかってしまう。ただスタートアップは夢というか、成功したときのインセンティブが別の形で返ってきます。エンジニアが実現したいプロジェクトがそのスタートアップにあれば、優秀なエンジニアがジョインしてくれる可能性はあると思います」(仁木さん)

AIスタートアップ流の解決すべき課題の見つけ方

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スタートアップを立ち上げる上では解決すべき課題が必要ですが、課題を探すこと自体がそもそも難しいもの。日常の中から課題を見つけるにはどのような心構えが必要なのでしょうか。セッションの最後に池澤さんが投げかけたこの問いに、飯塚さんと仁木さんは、悩みながらもそれぞれの視点から答えました。

「課題を探すのって大変ですよね。僕はITで解決できる課題をたくさん抱えている医療現場を身近に見ることができました。だから課題を解決しやすい分野に僕はいると思います」(飯塚さん)

「課題を探しているだけでは見えてこない課題もあるはずで、それは技術と組み合わせて探す必要があると思います。今どんなテクノロジーがあるかを知り、そのテクノロジーの視点で眺めることで、“これは解決できそうだな”という課題が見えてくるかもしれません」(飯塚さん)

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「前提条件や偏見をなくして考えるようにしていますね。僕の師匠でもある孫正義さんがよくやる手法なのですが、やり遂げたいことがあっても、規制でできないことってありますよね。普通はその規制を前提条件として考えがちです。でもその規制が必要かどうかは時代や場所によって違います。だからそういうときは本来どうあるべきかを考ることで前提条件を外すことができます。そして必要であればその規制を変えにいくくらいの気持ちが重要です」(仁木さん)

「特にスタートアップという視点だと、自分たちが課題と思っている領域にマーケットが存在するのかということが目の付け所として求められます。飯塚さんがやっている病理診断のような分野は、日本だけだとそこまでマーケットは大きくないかもしれないけど、海外まで視点を広げるとすごく大きなマーケットなんですね。課題感プラス市場感が非常に大事だと思います」(仁木さん)

AIとスタートアップを巡る議論は縦横無尽に話題が転換し、あっという間に予定時間を超えてしまいました。このセッションは英語に同時通訳され、さまざまな国籍の参加者が一緒に頷き、今回の議論で語られた内容の普遍性を感じることもしばしば。議論に耳を傾けていた起業を目指す若者たちからどんなAIスタートアップが生まれるのか楽しみです。

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文:香月啓佑・松村錬磨 写真:宮崎ひびトウユウジ

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