「つくる人」と「つかう人」のこだわりを追求する

tsumug edge

「アイデア」から「プロダクト」へ。新しいものを追求するシャープだから支援できること: IoT女社長、牧田がゆく

f:id:yujihsmt:20190123123607j:plain
シャープ研究開発事業本部オープンイノベーションセンター所長・金丸和生氏(右)とtsumugの牧田恵里代表取締役

ものづくりの現場においては、いくら素晴らしいアイデアをもっていても、実際にうまくプロダクト化できなければ、絵に描いた餅で終わってしまいます。そのプロダクト化には、製品の生産工程が非常に重要なのですが、スタートアップ企業の多くは、その部分の経験や知見が不足しており、設計ミスや不良品の発生、納期の遅れなど、問題が発生することもしばしば。

そういった問題を解決するべく、総合電機メーカーのひとつであるシャープが、スタートアップの生産支援サービス「モノづくりブートキャンプ」と「量産アクセラレーションプログラム」を行っています。そして、コネクティッド・ロック「TiNK(ティンク)」を開発しているtsumug(ツムグ)は、このプログラム初回の参加企業のひとつでした。

重要機密情報である生産管理のノウハウを、シャープはなぜ開示することにしたのでしょうか。また、このプログラムを受けたことで、TiNKの開発へどのような影響があったのか――、「モノづくりブートキャンプ」を開催している、シャープの研究開発事業本部オープンイノベーションセンター所長・金丸和生氏をお招きして、tsumugの牧田恵里代表取締役と、プログラムを開始した当時について語ってもらいました。

シャープが培ってきた100年分のノウハウを、スタートアップ企業に提供する



牧田 まず、あらためて「モノづくりブートキャンプ」とはどのようなプログラムなのかを教えてもらってもいいでしょうか。

金丸 シャープが100年の歴史で培ってきた量産技術やノウハウを、スタートアップ企業に提供する、10日間の研修プログラム(※現在は6日間、10日間の2種類から選べる)です。まずは、商品企画から、試作、量産……といった各工程で、金型・部品・基盤屋、工場の担当者たちと、どんなやりとりをするのか、量産プロセスを俯瞰した講習を受けます。その後で、工場で量産を行うための「要求仕様書」を作成する具体的な演習をします。加えて、各企業の要望に合わせて実際の量産をサポートするのが、「量産アクセラレーションプログラム」です。

f:id:yujihsmt:20190123124655j:plain

牧田 そもそも、このプログラムはどういった経緯ではじまったんですか?

金丸 私が所属しているオープンイノベーションセンターという組織は、産官学を連携したさまざまなプロジェクトを10年近くやってきました。そのなかで、2016年に(シャープが)鴻海(ホンハイ)グループと協業することになって、次のイノベーションをどう起こしていくのかという課題を、あらためて強くもちました。鴻海のお客さんもイノベーションを起こしているスタートアップが多いことを見ても、スタートアップとの取り組みを強化して、いろいろなスタートアップ企業から、彼らの熱量を取り込むことが重要だと考えました。

この場合、研究拠点やファンドをつくるのが大企業のよくやるパターンですけど、それだと「既存のテリトリー内でしかつながりができないのでは?」という疑問もあった。そこで、ヒアリングをしているなかで、VC(ベンチャーキャピタル)やスタートアップの人たちから「ものづくりのプロであるシャープが、そのノウハウを教えてくれたら非常に助かる」と言われて、それならできると思ったんです。100年近い歴史のなかで、毎年数多くの新商品を世に出して、事前に決められた発売日とコスト、顧客に満足いただける品質と信頼性基準を絶対に守ってきた。そこなら自信があったんですね。

2017年の6月にチャレンジしてみようと決めて、テキストや講師、話す内容を考えはじめたときに、あるピッチイベントで牧田さんと出会って、すぐに「来月からやってほしい」って言われたんです。

f:id:yujihsmt:20190123124729j:plain

牧田 その節はムチャなお願いをしてすみませんでした(笑)。

金丸 社内の研修のプロたちに聞いても「内容が難しいから、プログラムをつくるのに半年はかかる」って言われたんですが(笑)、せっかく必要としてくれる人がいるんだからやってみようと。7月に“プレ開催“という形で、プログラムをはじめました。当初は4社、15名だったかな。

自分たちでテキストをつくって、いろいろな事業部にお願いして技術者を20名ほど集めました。現場の技術者たちなので、講師に慣れていない中、みんなよくがんばってくれましたね。

牧田 あのタイミングでやっていただいて、本当に助かりました! 当時tsumugは試作機をつくって量産化に進む前だったんですが、Web出身のメンバーばかりで、ハードウェアの専門スタッフがいなかったので、工場に見積もりをお願いしてもそれが適正なのかもわからない。そんな状況でした。

聞いてはじめてわかった「どのタイミングでお金がかかるのか」

f:id:yujihsmt:20190123124854j:plain

金丸 私たちも手探り状態でしたが、まずは生産における過程を俯瞰で見る授業をしました。商品企画、試作、量産…といった製造のプロセスで、シャープがどのようにやってきたのか。たとえば最初の商品企画における試作で、最終商品みたいに仕上げても意味がないですよね。そして、構想段階からゼロ次試作に入ると、ある程度しっかりしたつくりが必要なのでお金もかかる。一次試作になると金型をつくるのでさらにお金がかかる。そういった工程ごとの力の入れ具合を含め、座学の講義をしました。

牧田 どのタイミングでお金がかかるのか、どのタイミングまで来ると修正が難しいのか、基本的なこともわからなかったのを覚えてますね。研修に集まった企業は、それぞれ状況が全然違うじゃないですか。だから、全体的な話を聞いた後に、「私たちの場合、どうすればいいですか?」という質問が多かったと思います。

f:id:yujihsmt:20190123124923j:plain

金丸 そのような具体的な内容の話は、全体の講義が終わった後で各社にわかれて実習をしました。たとえば製品の方向性によって安全管理の基準もまったく違います。「火を吹かない」といった最低限でいい場合もあれば、コネクティッドロックのような安全性が重要な製品もある。ビジネスモデルや想定するお客様によって、シャープより厳しい条件にもなることもあるんです。

牧田 演習では、実際に要求仕様書をつくりましたね。ここでつまずくスタートアップは多いので、非常に勉強になりました。

金丸 たとえば温度条件を40度にするのかそれとも45度にするのか、ということひとつをとっても、経験がないとわからないんですよ。ユースケースによって必要なラインを見極めて、シャープのユースケースだったら50度だけど、この場合は45度でいいんじゃないか、といった具体的な議論をしていきましたね。

f:id:yujihsmt:20190123125055j:plain

キャンプだけでは終わらなかったから、量産プログラムがはじまった

牧田 その演習ではわかったつもりでいたんですが、研修プログラムが終わって実際に進捗が進むと「あれ、ここってどうすればいいんだっけ?」となってしまって。そこでまた「助けてください!」とお願いをしにいったんです。

金丸 キャンプで終わるつもりだったんですけど、「ここで終わりですか、もっと助けて」という声があった。ぼくらも、いろいろなコミュニケーションを経たことで、スタートアップが困る部分や助けられる部分がだんだんとわかってきたんですね。そこで、量産支援もはじめようということになって「量産アクセラレーションプログラム」を開始。牧田さんたちが、このプログラム第一号になりました。

牧田 「量産アクセラレーションプログラム」の費用は有償(※費用は、企業が量産についてもっている要望に合わせて協議の上で決定する)でしたけど、正直、もっと出してもいいくらい価値があると思いました。もちろん会社の規模やステージによって違いますが、私たちの場合は工場で量産を始める直前だったので、なにもわからないまま進んでいたらもっと大きな額の損失があったと思います。

f:id:yujihsmt:20190123125210j:plain

金丸 この12月からはさらにプログラムをアップデートしています。もともと10日かけていた内容を6日に凝縮して、残りの4日で要求仕様書をきちんとつくるところまでもっていきましょう、と。また、ものづくりの事業計画を資金調達の際にしっかり出せるように、試作から量産までの詳細――たとえば第一ロットで1000台つくるならいくらかかるかといった計算表など――をつくることを目標にしています。

牧田 スタートアップの場合は、資金調達や量産開始といった具体的なステップにつながるアウトプットを出すことが重要。だから、そこまでできたら本当に助かる会社は多いと思います。

私たちの場合、研修を受ける前に見積もりをしていた工場ではなく、シャープさんに紹介していただいた工場で量産化を進めています。まだ量産化を進めている最中なので大きなことは言えないですが、この研修を受けていなかったら、簡易なハードウェアをWebにつなぐ……みたいなカタチで妥協してたかもしれない。

金丸 日本ではスタートアップと付き合いのある工場って少ないですけど、私たちに協力してくれている工場はいっぱいある。そこは大規模ロットに限らず数量1000台でも受けるし、スピードも速くて値段も安い、品質や信頼性も日本基準で、ものづくりの理解もあります。でも、これまでは決まった会社と決まった仕事をしてきた人たちなので、スタートアップとの取引は想像もしていないわけです。

そこで、スタートアップと工場の間に入って、新しいアイデアとものづくり現場の共通言語を“翻訳”することで、仕事のマッチングができる。実際、三重県、長野県や堺市といった自治体にも協力してもらって、ネットワークをつくっているところです。スタートアップのモノづくりを一緒にしてくれる工場や設計会社などを集めて、量産支援ネットワークをつくって、その全員でウィンウィンになるような関係を目指しているんです。

大変だったからこそ、スタートアップと親和性があると思った

f:id:yujihsmt:20190123125254j:plain

金丸 そういえば牧田さんにひとつ聞きたいことがあって。2016年にシャープは、鴻海グループからの資本参加を受け入れて大きな変化を迎えたんですけど、「そのような会社と一緒にやるのは心配」という気持ちはなかったのですか?

牧田 まったくなかったですね。以前、ベンチャーキャピタルで働いていたとき、鴻海のテリー・ゴウさんがDMM.make AKIBAに視察に来る機会もあったんですけど、「スタートアップにノウハウを提供するべき」と考えている印象がありました。だから、いい方向に変わるんじゃないかと。

あと、あるピッチで平井卓也内閣府特命担当大臣とも話したんですが、「危機感のある大企業のほうが、スタートアップと馴染みがあるかもしれない」と思っていて。今回は、そのいい例だったと感じますし、新しいことをやろうとしている人たちと、いいタイミングで一緒にできたのは本当にラッキーだと思っています。そういえば、講義の最初にシャープのミュージアム(奈良県天理市)を見学したんですけど、その歴史を見ると「シャープってすごく攻めているスタートアップだ!」って思ったんですよ。

金丸 たしかに、電機メーカーのなかでは新しいものを追求するマインドが強い会社だとは思いますね。その意味では、スタートアップとの親和性もあったんじゃないかなと。

牧田 シャープの製品の中には、こんなものもつくってたの!?って驚く商品もけっこうありますよね。

金丸 たとえば、シャープペンシルってシャープがつくったんですけど、その後お客さんから「体温計も一緒にできない?」って言われて、体温計付きのシャープペンシルをつくったんだとか。それも大正時代にですよ。「モノを切りたいときもある」って話が出たらハサミも付けちゃったり。できる限りお客さんの声を取り入れるようにものづくりをしてきた、ちょっと変わった会社なんです。

牧田 その精神を、研修中にも強く感じることがありました。研修の序盤で、私たち受講者が根掘り葉掘り質問をしすぎて、講師の技術者の方々が「どこまで話していいのか」「ノウハウを全部教えてしまうのはどうなのか」と、答えてくれないことがあったんです。それで、私たちも質問するのを止めてしまった。

それを見ていた研修プログラムの担当者が、「だれに許可をとれば情報を出せるか、許可を取ってくるから教えてください」ってその場でなんとかしてくれて。大企業なのに、お願いして1ヶ月でプログラムをはじめてくれるし、その場でどんどん変わっていく。イノベーションのお手本を見せられた感じがしました。

10日間の寮生活をしながら、夜に飲みながら話を聞いてくれたりして。当時、いろいろなメーカーのアクセラレーションプログラムを受けましたが、あそこまで密なコミュニケーションをしてくれるところはなかったと思います。

金丸 こういったコミュニケーションによって、当初の目的である「スタートアップの熱量を会社に取り入れていく」ことも徐々に達成されつつあります。液晶材料の研究を応用した蓄熱技術を活かした「TEKION LAB(テキオンラボ)」という社内ベンチャーが生まれのも、そのひとつの現れだと思っているんですよ。

現在トップからも「100社、それ以上との連携を目指してくれ」と言われていて。多くのスタートアップを支援することで世の中をよりよくしたり、私たちの可能性も広がるはずなので、つながりを広げていきたいと思っています。

f:id:yujihsmt:20190123125336j:plain

アイデアからプロダクトに落とし込める絶好のチャンス

「モノづくりブートキャンプ」は1年に4回開催されており、申込みの際には1時間ほどの事前説明を受けられるので、コアメンバーのスケジュールや資金調達など、都合のいいタイミングで参加することもできます。

よいアイデアをもっていても、なかなかプロダクトに落とし込めない……、そんな悩みをもっている企業は、この研修プログラムに参加してみるのもいいかもしれません。

概要リンク
oi.jp.sharp

「IoT女社長、牧田がゆく」シリーズの記事

文:森祐介

毎日ウルトラ怪獣Tシャツを着ているフリー編集/ライター。インドネシアの新聞社、国会議員秘書、週刊誌記者を経て現職。政治・社会、アイドル、スポーツなどの仕事を主に担当しています。

写真:山﨑悠次

株式会社 tsumug | 〒810-0041 福岡市中央区大名 2 丁目 6-11 FUKUOKA growth next 301