どんな時代でも学びは止められない エンジニア養成機関「42 Tokyo」の挑戦

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フランス発祥のエンジニア養成期間「42(フォーティーツー)」の東京校「42 Tokyo」は、2020年4月に開校予定でした。開校に合わせて、tsumug edgeでも、この学校について記事で紹介したいと準備を進めていました。

しかし残念ながら、新型コロナウイルスの感染の広がりにより、正式な開校ができていない状況。オフラインの場としては開校を断念しましたが、オンライン学習の先進的な取り組みをスタートしています。今回は開講前と、新型コロナウイルスの影響を受けた後の2回に分けて事務局長の長谷川文二郎さんにお話をうかがいました。

学費無料で先生がいない「42 Tokyo」とは

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まずは「42 Tokyo」がどういうものか説明すると、以下のような3つの特徴があります。

1つ目の特徴は、学費が無料であることです。運営を行う一般社団法人42 Tokyoと、設立の趣旨に賛同した30社以上の資金で賄われています。

2つ目の特徴としては、先生がいない、学生同士のピアツーピア(P2P)の学習方式を取っていること。生徒には課題が与えられ、その課題を解決する方法を自ら考えて解くことにより、学習を進めて生きます。問題の答え合わせは、自動的にマッチングされる生徒同士でコードレビューし合います。

3つ目の特徴は、誰にでも平等にチャンスがあるということ。18歳以上ならば、学歴や経験は問われません。プログラムの初学者でも大丈夫。ピシン(Piscine)と呼ばれる4週間もある入学試験により選考が行われます。ピシンはフランス語で「スイミングスクール」の意味で、泳げる人も泳げない人もプログラミングのプールの中に放り込まれて試される、そんな入学選考になっています。


開校前(2019年12月)のインタビュー

まず前半は、開校前(2019年12月)に聞いた「42 Tokyo」についてのインタビューをお届けします。

入学試験を受けると決めて、3日後にはパリにいた

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——長谷川さんは、なぜ「42 Tokyo」の運営に関わるようになったのですか?

長谷川 以前に DMM.comが主催する起業塾の運営に関わっていました。その塾は残念ながら継続できなかったんですが、その継続できなかったことが悔しかったんです。なんで続けられなかったんだろうと、悶々とした時期もありました。そこでいろいろな先進的な教育システムについて調べていたら、フランスに42というエンジニア養成機関があることを知ったんです。そんなときに、42の運営をやらないかという声がかかりました。

——願ってもないチャンスだったんですね。

長谷川 そうですね。ただフランスの42の方々に話を聞けば聞くほど、よくわからなくなってきたんです。42の仕組みについて、頭では理解できているのですが、実感がわかないという状態。そして最後には、「実感できないなら、実際にやってみれば」という提案を受けました。2019年1月のことです。

——なるほど。それで42を実際にやってみようと思ったんですね。

長谷川 フランスの42で学ぼうと思って、「次のピシンはいつ?」と聞いてみたら、なんと「3日後に試験がある」と言われて。そのときに待っていては駄目、今行かなきゃという気持ちが勝りました。2019年1月のピシンを逃すと、次は夏だったのですが、今ある熱い気持ちをぶつけたかったんです。決断がグラつかないように、その日の深夜、上司に「前から言っていた42のピシンに行きたいから会社を辞める」って電話したんです。ひょっとすると、一晩寝て起きたら、決断が揺らいでいたかもしれませんね。東京からパリまでの飛行機も、直前に予約したので高かったです。

——試験を受けると決めて、3日後にはパリに! パリに行ってからはどうでしたか?

長谷川 ピシンが開始した当初は、とにかく辛かったです。想像していたよりも、ずっとストレスのかかる試験でした。右も左もわからない中で、課題に関する説明もない、合格基準も採点基準も一切明かされていない試験に挑まなければならない。語学についても苦労しました。フランス語はグーグル翻訳にかなりお世話になりました。フランス語から日本語にすると翻訳の精度が悪いので、フランス語から英語にして、なんとか意味を読み取っていた感じです。

——脱落していく人はけっこういるんですか?

長谷川 漫画HUNTER×HUNTERのハンター試験じゃないですけど、たくさんいたライバルがどんどん脱落していく感じです。ただ落ちていく人たちも、「ここまでがんばれたんだから仕方ない」と納得して去っていく感じです。フランスでは、ピシンの厳しさは有名で、挑戦しにいく場所になっています。だから、脱落者も42の試験を受けたことを誇りに思って去って行く人が多いと思いました。辛くて、最初のほうは脱落していく人も多いのですが、段々慣れてくると、学習が加速していくのが感じられました。顔見知りも増えて相談できる相手も増えて、学習環境が劇的に改善したんです。

辛い状態を乗り越えられたのは、一つ一つの成功体験の積み重ね

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——「辛い」と思ったところから「よかった」と思えるところへの転換点はどこなんですか?

長谷川 まず、一つ一つの成功体験だと思います。ピシンの課題って、与えられた瞬間本当にわからないと思うんです。それが、試行錯誤していくと解けるんですね。そして解けた瞬間に、「やった。解けた」という気持ちよさがあるんです。間髪を容れずに、また訳のわからない課題がやってくるんですけど、後味が残っているから、チャレンジしようという気持ちになるんです。そして気がついたら、何十時間も経っているみたな。そんなことが繰り返される感じです。

——「やった」という体験が次への原動力という感じですね。

長谷川 そして、一番大事だと感じたのは、人とコミュニケーションすることです。コードレビューを通して生徒同士関わることになるのですが、わからないところが同じだったりするんですよね。同じところがわからないと「全然わからないよね」と笑いあったりするんです。最初は競争し合う相手だと思っているんですけど、同じ「辛い」を共有しているものをとおして、連帯感が生まれてくるんです。だから、自分がうまく解けたときとかに、嬉しくなって席を立って同じところで詰まっていた人に「こうやるとめっちゃいい」みたいなことを教えに行ったりしていました。逆に相手が先に解けたときには、「無理だー、教えて」みたいな感じで、聞きにいくこともありました。連帯しながら競争する、という感じになってきて、「辛い」から「よかった」になってきました。

——「辛い」を乗り越えると、学ぶことが快感になっていくには、仕掛けられているものなんですか?

長谷川 そうですね、ある程度仕掛けられているものだと思います。パリの場合だと、ピシンの最初1週間くらいで、来なくなる人が多いんですよ。ただ1週間戦い抜いた人は、4週間後までは必ずいるんですね。それってなにか仕組みがあると感じています。うまく言語化できないんですけど、合わない人たちは出て行って、合う人たちだけが高め合いながら競争し合う雰囲気に、どんどんなっていっていますね。おそらく、その仕組みのヒントは、コードレビューにあるのではないかと思っています。課題を進めるには、人とコミュニケーションしなければならない仕組みになっています。一日に嫌でも4名、5名は話さなければなりません。

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——長谷川さんは、これから開校する日本の42をどのようにして行きたいですか?

長谷川 まず、日本の卒業生がいろいろなところで活躍すると嬉しいですね。42で学んだことが、社会とつながっていけばいいなあと。そうして次は、卒業生が寄付でも、ツールを作るでも、考え方を持ち込むでもいいんですけど、学校や未来の生徒に還元していく循環ができればいいですね。あと、42の特徴である「学び方を学ぶ」という新しい教育の文化をできればと思っています。それがうまくできたら、日本の雰囲気を変えるきっかけになるんじゃないかと思っています。

新型コロナウイルスの影響を受けた後(2020年5月)のインタビュー

後半は、新型コロナウイルスの影響で外出自粛要請が出され、事態は大きく変わり、「42 Tokyo」もいろいろ影響を受けているだろうと思われた長谷川さんに、再度インタビューした模様をお届けします。長谷川さんは、すでに新しい試みへと向かっていました。その新たな試みとは。

オンラインの臨時カリキュラムをまず1ヶ月間実施

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——昨年の12月に長谷川さんに「42 Tokyo」についてのお話をお聞きしたのですが、その後42はどのような状況になっていますか?

長谷川 入学試験のピシンを1月から3月にかけて合計3回する予定でしたが、1月と2月のピシンは実施できたのですが、3月のピシンはコロナウイルスの影響で開催を延期することになりました。ピシンが実施できない影響もあって、本科生のカリキュラムの実施もできない状態となっています。

そもそも42の強みは、数百名の生徒が同じ空間で膝をつき合わせて教え合うことでした。しかし新型コロナウイルスの影響で、人と人とが「密に会うこと」が許されない状況になり、新たな学習の仕方を模索することが必然的に求められました。それを模索する中で、4月6日からまず1ヶ月、オンラインの臨時カリキュラムを提供することになりました。対象は1月と2月のピシン合格者です。ほぼすべての合格者が参加しています。

——臨時カリキュラムはどのような内容ですか?

長谷川 臨時カリキュラムの内容は1ヶ月を3つに分けていて、ピシンの復習、PythonやRubyで実装演習、その後1週間のハッカソンと言った内容になっています。「当たり前が変わってしまった世の中に即した42を、ソフトウェアでどうやってプロトタイプできるか」をハッカソンのテーマにしています。「42 Tokyo」として、止まることなく時代の変化にいち早くキャッチアップしていこう、というコンセプトでカリキュラムを組んでいます。

——オンラインに移行して「42 Tokyo」の学習はどのように行われていますか?

長谷川 まず、42はプロジェクトベースドラーニングがベースとなっています。課題を解き終わった後に生徒同士でコミュニケーションします。課題解決型の部分はWeb上で課題を見れて提出もできるので、それは比較的簡単にクリアできました。工夫が必要だったのは生徒同士でレビューのところです。

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オンラインゲーマー御用達のDiscordを使って、生徒同士がコミュニケーションをする

長谷川 生徒同士のコミュニケーションは Discordというツールを使っています。これを使っている理由は2つあって、1つ目の理由はもともとオンラインゲーマー向けなので、動作がとても軽いこと。リモート環境になるので、生徒が使うPCの環境が違うというところで、マシンスペックが低い人たちでも入ってこれるように、なるべく動作が軽いツールを選定しました。

2つ目の理由としては、レビューに関わってくるところなんですが、Discordだとレビューを行っているチャンネルにオフラインでフラッと誰かに話しかけにいくとか、ちょっとここで喋ろうよみたいなところを気軽にできるんです。

具体的に画面を共有しながら見ていきましょうか。まず、レビュー用のチャンネルを作って、そのボイスチャンネルの中に入って、画面を共有しながら話す、というやり方でレビューしています。誰かとレビューをしているときでも、自分が解いている課題を誰かがレビューしていたら、それを席の後ろにいてちらっと見るという感覚で、チャンネルの中に入ってこれる仕組みになっています。

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教育環境は自らハックすべし


——「42 Tokyo」の生徒が勝手に始めたDiscordの使い方があるらしいですね。

長谷川 生徒たちの間で自然発生的に「times」がはじめました。timesとは、ITのスタートアップの習慣で自分のチャンネルをもち、非常に短いスパンで自分の状況を発信するものです。わざわざつながってチャットしながら発信するという方向じゃなくて、自分のペースでテキストベースでつぶやいて、誰か困っている人がいたら、喋りに行くとか、チラチラ見に行くとか、そういう使い方をするんです。これは私たち運営側にとってもおもしろい発見でした。

——生徒の間で自然発生的に生まれたのですね。

長谷川 生徒自らが学びを進め、環境のハックをしているのがすばらしいと感じています。42の理念が強く出ていますよね。生徒がこのtimesを始めて、ただ気持ちがいいから使っているみたいな。生徒も環境をハックすべきだし、個人個人が考えて、どういう風に学習が進むかなと考えているという証拠だと思います。ゼロベースで考えると、学校はこういうことになるんだというのが感じられて、目から鱗でした。

——オンラインになったことで、42のコンセプトの中で強くなった部分はありますか?

長谷川 42のネットワーク間のつながりは強くなりましたね。世界中の42との連携が強くなったなと感じています。コロナウイルスは世界中の問題で、世界中の他の場所でも教育的な課題はすべて同じだと思うんです。その中で42は15カ国に広がっていますけど、キャンパス同士でディスカッションして、世界的に同じ課題なんだというところを感じることが多くなりました。

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——新型コロナウイルスが広がる中で、世界中の他の42ではどのように学習しているのですか?

長谷川 パリ校の事例だと、コミュニケーション手段を何も規定していません。オフラインでやっていたときと何も変えていないんです。42の仕組みは変えずに、生徒自身でリモートで学習するためのコミュニケーションツールを自由に選んで使ってくれということになっています。レビューするときに、Zoomを使うか、Discordを使うか、Googleハングアウトを使うかは、自分でいいと思うのを使えばいいことになっているんです。42の責任感をもって、自分で工夫をしていこうというコンセプトが根づいている証だと思います。
物理的な学校は学習を邪魔するノイズを減らしてくれていた。

——オンライン化することでのデメリットはありますか?

長谷川 率直なことを言うと、リモートになって学校がハックしなければならないところが増えました。たとえば学校に登校したら「物理的な学校」しかないですよね。だから、気をそらすノイズが少ない空間で学習できます。でもリモートになると、ノイズの少ない空間に身を置くことができなくなってしまうんです。家にいると、ゲーム、テレビ、恋人、家族、お菓子といったノイズと、学習が同じ横並びに存在してしまいます。いろいろと戦わなけらばならないものが増えた中で、学習にどう集中させるかが課題だと思っています。あと物理的な学校に行くことによって、気持ちのスイッチを切り替えられたというもあったと思います。

誰もが挑戦できる学校というコンセプトは、ずらさない

——オンラインの臨時プログラムは4月終末で終わりですが、それ以降はどのような形になるか決まっていますか?

長谷川 42としては、オンラインの臨時プログラムの結果を精査して、今後のカリキュラムを組んでいこうとしています。今までと違う状況だから、開校しないということはまったく考えていません。時代に適した誰でも挑戦できる学校として、コンセプトがブレないようやっていこうと考えています。

文:藤井 武

ライターを目指すSier勤務のエンジニア。IoT分野はただ今勉強中。tsmug edgeに関わりだしてから、家に深セン発の怪しいガジェットが増えた。中華製デジタルアンプがお気に入り。


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