動揺か実装か。コロナに直面した電子国家エストニアと市民のメンタリティ

北欧に位置するエストニアは「電子国家」として世界の注目を集めています。しかし、実際の生活がテクノロジーでどう変化しているのか、その実態は不明な部分も。エストニアに移住した筆者が見る電子国家のリアルを紹介する連載第6回です。

その日はFunderbeamというブロックチェーンを使って運営される証券取引所の周年パーティだった。常連となっているエンジェル投資家を招き、クロアチア、ブラジル、シンガポールなど各地と繋ぎながら今話題の企業などについて話していた。

僕はアルコールは苦手なのだが、手持ち無沙汰に耐えかねて地元のシードル(りんごのお酒)を飲みながらほろ酔い状態で投資家の方々と談笑していたのだが、その時の話が印象深かった。ある中年男性に「投資以外は何かやっているのか」と聞いたところ、ボートのハイヤーサービスをバルト三国とフィンランドでやっているとのことだった。

「海関連の法律って全然詳しくないんですが、トラブルとかなかったですか?」と聞くと男性は顔色も変えずに「問題ないよ。政府に友達がいればね」と言った。

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タリン・ヘルシンキ間のフェリーより(筆者撮影)

(え、賄賂とかかな...…。)と思いながら慎重に深掘ってみると、法規制上問題はあったそうだが、その「政府の友人」のおかげでさっそく法整備がはじまり、すぐにビジネス化できたそうだ。エストニアで実績をつくり、他国へ進出していったそう。

こういう話はエストニアは非常に多い。たとえば暗号通貨が流行ったときにはすぐに取引所とウォレットに対するライセンス制度が整った。日本だと承認されるまでに1-2年かかるところが、エストニアではオンライン審査で1-2か月で回答が得られるようになった。政府がスタートアップのための規制緩和に前向きなこともあるし、そもそもコミュニティが小さいので法整備といえども結局は人のつながりでどうにかなってしまう、ということもある。

今回コロナショックの影響で一斉に会社やモールなどが閉鎖されるなど動揺が広がったが、政府の柔軟さと国民のスタートアップ精神で様々な方面に活路を見出し、すぐに動く形でサービスが様々実装されている。実際にPOLITICOの調査が行った国ごとのパニック指数(10段階)は、人口当たり感染者数が変わらないフランス(7)やデンマーク(5)に比べてエストニアは3と、比較的落ち着いていると言える。

「ソ連時代は配給だったからね。スーパーが開いてるだけましだよ」とエストニア人の妻は語る。10歳まで配給で生活し、メディアはソ連のものしか許されていなかった。そういう世代が今のエストニアの30-40代で、今各所の前線で活躍している。
今回はコロナショックの中で政府と市民、スタートアップなどがどう団結し危機を契機に変えようとしているかについて触れたいと思う。

世界から1万2000人が参加したハッカソン

電子国家といってもその中身は様々で、スタートアップを支援する機関(Startup Estonia)や電子居住権を発行する機関(e-Residency)、政府の機能を電子化する機関などそれぞれ違う動きをしている。

スタートアップ界隈では、立て続けにWithコロナ、Afterコロナに向けたハッカソンがいくつも開催された。3月13日にはStartup Estoniaが主催するHACK THE CRISIS
一番目立つのはコロナショックの中で開催された、世界中の有志を巻き込んだハッカソン、GlobalHackだろう。なんと参加者は1万2000人。10のカテゴリーのトップには1万ユーロが支払われ、全体を含めたトップにはさらに1万ユーロ支払われる。ハッカソンとは言うが実際に稼働しているスタートアップも参加可能な異種格闘技戦。副賞も合わせて賞金総額は20万ユーロという大きな規模で行われた。

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500を超えるプロジェクトの中からTomas Pueyo氏の、ハンマー&ダンス戦略(わかりやすい記事はこちら)に則って、「新規感染者 < 検査・追跡・隔離能力」の不等式に貢献する、つまり左辺を下げて右辺を上げるプロジェクトに整理して面白い順に紹介したいと思う。

新規感染者を減らすプロジェクト

太陽光発電のUV消毒システム SunCrafter



総合優勝も手にしたSunCrafterは、使われなくなった太陽光電池をアップサイクルし、電力供給のない場所でも持続可能な消毒装置を提供できることがウリ。ハッカソンメンバーの一員であるベルリン拠点のSunCrafter GmbHは、大量に廃棄される太陽光電池をアップサイクルすることを生業にしており、こちらのユーチューブのビデオからはヒッピーらしさも感じさせる。まさにベルリンらしい会社だ。(ドイツのエネルギー協同組合など先進的な事例を知りたい方はこちらの書籍がおすすめ)



特に筆者が最近気になることは、清潔さを保つためにいかに水を多用しているかだ。手洗い、食器洗い、洗濯、トイレ、シャワーなど、人間が飲む量をはるかに超えた洗浄用の水が使われている。先日モロッコの砂漠に行った際には、いかに水を使わずに生活するか、非常に悩まされた。一回トイレに流す水と同じ量を飲料に回すだけで1日は耐えることができる。

そんな中で頻繁に手を洗うことなんて贅沢の極みだ。そういう点で、装置そのものだけで持続可能な消毒ステーションには、長い目で見ても可能性を感じた。

ソーシャルディスタンス特化の経路案内マップ SPACED

Google マップに勝てる地図はない、と思っていたが、昨今の状況では最短経路=最適経路とは言えない。ソーシャルディスタンスを保ちながら最短でたどり着ける地図がこのプロジェクトSPACEDの特徴だ。



エストニアは全体的に危機感が薄いと言われている。「2 x 2(2人以下で2m以上空けて歩こう)」を奨励しているものの、イタリアやスペインのように警察に逮捕されることはないからか、平気で正面から避けることなく歩いてきたり、背後にべったりくっついて歩いてきたりする。妻のレリカはこういうことには敏感で、買い物から帰ってきたら買ってきた商品を全て(小麦粉なども含めて)洗剤で洗う。そんな彼女からすると、いかに人が歩いていない経路で最短でたどり着けるか、というのは是非ともほしい情報だ。

セッティング不要カメラ Famcam

WFH(ワークフロムホーム)が一般化し、家族のふれあいもオンラインになりつつ中で問題となっているのは「カメラがつながらない」「音が聞こえない」などのテクニカルトラブルだ。想像してみてほしい。おばあちゃんに「ブルートゥースでカメラを繋いで」と電話で指示するときの困難さを。わずらわしさなくシンプルに使える、その一点を目指しているのがこのFamCamだ。TVにUSB接続するだけでセッティングは完了。筆者も昔からWEBカメラのセッティングには苦い思い出が多いため、とても魅力的な売り文句だと感じる。

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検査・追跡・隔離能力を向上させるプロジェクト

病床の最適化 Road to Life

病床数の管理はどこの国も喫緊の課題だが、効率的に管理するためには病床の状況の過去のデータと予測のデータ(そしてもちろん精度が問われる)が必要だ。コロナ禍では、都市部の病院のキャパシティがパンクする傾向にあるが、一日に搬送できる患者の数も限られているため、パンクする前に計画的に近隣の病院に搬送する必要がある。これを地域で全体最適化しようというのがRoad to Lifeだ。



オンライン処方 Open Prescription

病院のキャパシティを圧迫しないために、という文脈も目立った。その中でもこのオンライン処方は、システムの悪用(処方箋の不正発行など)さえ対処できれば有効だと思える。
エストニアはとにかく医療キャパシティが小さい。筆者も風邪をひいたとき医者に電話したら3週間後に来いと言われたくらいだ。
そんな中で、医者はいないが処方箋は発行できるシンラボ(医療診断施設)という施設がある。今コロナの検査を受けるというとみんなここに行く。そのさらに手前に患者とのタッチポイントを置いて、リスクの低い処方に関してはオンラインで完結させるのは有効だと思える。



 

エストニアスタートアップ界のドリームチーム

エストニアのスタートアップはスカイプを始祖に持つ一つの大きなコミュニティだ。大統領もよくこういうところに顔を出す。そのキュレーションを中心的に行っているのはコワーキングスペースLift99のコミュニティから派生したアクセラレータープログラム、Saltoだ。

salto.co

CEOはエストニアを代表するスタートアップの一つPipedriveの共同創業者でもあるRagnar氏。筆者がLift99にいたときにはいつも窓際に座って犬と遊んでいた。当初筆者はそれがRagnar氏だと知らなかったので「毎日いるなあ、暇なのかな」と思ってしまった(失礼)くらいフランクな人だった。

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Lift99にて(いつもの席より筆者撮影)


今回のSalto主催のGrowth Campで集まった面子もすごかった。「エストニアってどういう企業があるんですか?」と聞かれれば、このページを送るだけで十分だと思えるような面子である。(日本からは孫泰三氏も参画している)

このプログラムの結果も興味深いので、機会があれば深堀りをしたいと思う。


政府のコロナ関連発信を全てボットに

こういったハッカソンやアクセラレータープログラムから、実際に政府のサービスとして稼働しているものがある。それがチャットボット、Suve(エストニア語で’夏’の意味)だ。これはコロナ関連の問い合わせをAIで対応するというものだが、3月14日のハッカソンによって生まれている。

元々エストニアにはKratt AIというプロジェクトがあり、複雑化する電子政府の機能の入口をデバイスやアプリに左右されないボットに集約しようとしている。その文脈に沿って、またそのリソースを活用して、コロナを機に民間がその一部を実装するに至ったのだ。

SuveはすでにGovernment of Estonia, Estonia’s Health Board, Ministry of Social Affairs, Work in Estonia, International House of Estonia, Invest in Estonia, TV3のウェブページで利用されている。

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Work In EstoniaのWEBサイトでSuveに質問してみた(筆者撮影)

Kratt AIは最近発表された次世代政府構想の一部であり、重要なパートを占めている。興味がある方はこちらをGoogle翻訳でお読みいただければと思う。(次世代政府構想のホワイトペーパーも、技術的な論点が多いものの、電子政府のあり方について参考になる部分が多いので、また別の機会に紹介したい)


失敗を許容する市民

「またログインできない!!」

会社の病欠をオンラインで登録するために、政府のポータルサービスeesti.eeにログインしようとする嫁が叫ぶ。電子IDは確かに便利なのだが、あっちのMacで動かないけどこっちだと動く、ブラウザ変えたら動いた、寝て起きたら動いた、ということが意外とある。なので、「まあいいや後でやろう」となる。

ポルトガルのリスボンから引っ越してきたある男性は「地元で自分のアイデアを披露しても、議論にすらならない。みんな笑うだけでスルーされるんだ。でもエストニアに来たら、みんなとりあえず聞いてくれるし、じゃあ一回デモ作ったら試すよ? と言ってくれる」と来たばかりの印象を振り返る。

これはエストニア人が寛容だったりお世辞上手だからかというとそうではない。率直さが最も重視され、愛想笑いは不信を誘うだけである。

聞くところによると、今まで政府が行ってきた突飛な行動に、市民が慣れてしまっただけのようだ。IDの電子化にはじまり、銀行はもちろん人を訴訟するのだってオンラインでできるよう法整備を行ってきた。あげくの果てに、住んでもいない人を住民と考える(eResidency)と言い始めたのだ。その中で数々の失敗にも巻き込まれてきた。市民はさながら発明家の妻のようなものである。

今回の危機は、発明家とその妻が手を取って乗り切ろう、という構図にも見える。

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サカ荘園にて(筆者撮影)

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文:高木泰弘

セントラルオクラホマ大学マーケティング専攻 リクルート勤務の後コワーキングスペースsharebase.InCを創業。株式会社WCSのCFOを経て現在エストニアのトランスファーワイズ勤務。

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