「廃校の活用」だけでは価値は生まれない──福岡市のインキュベーション施設「FGN」の真の価値は“ソフト”にあり 

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写真右:Fukuoka Growth Nextの取り組みを語る福岡市の高島宗一郎市長

創業支援特区としてスタートアップから注目を集める福岡市。その取組の象徴的な施設として、tsumug(ツムグ)も入居する「Fukuoka Growth Next(以下、FGN)」があります。

オープン2年を機に、大規模リニューアルを迎えたFukuoka Growth Next

FGNは、福岡市最古の小学校をリノベーションして作られた、官民共働型の創業支援施設です。インキュベーションはもちろん、スタートアップ起業に関するイベントやセミナーを数多く開催。スタートアップコミュニティの中核としての役割を果たしています。

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福岡市と、大手デベロッパーの福岡地所に加え、日本のインターネットインフラを支える2社、さくらインターネットとGMOペパボが運営に関わっています。さらに、起業や経営を専門的なアドバイスで支える入居支援パートナーも加わり、ハード面とソフト面の両方からスタートアップを支援する体制を整えています。

オープンから2年を迎えたこの春、大規模なリニューアルを実施した同施設は、5月31日に再スタートを切りました。独自のスタートアップ人材育成プログラム「FGN JUMPSTART PROGRAM」に加え、福岡に拠点を持つGMOペパボ が運営するエンジニア育成プログラム「大名エンジニアカレッジ」がスタート。またFGNでは新たにアクセラレーションプログラムを展開。九州大学箱崎キャンパスの跡地 約50ヘクタールを舞台に、スタートアップと大手企業が共同で新しいまちづくりの実証実験を行う「Open Network Lab FUKUOKA プログラム」も実施します。

今回は、リニューアル記念イベント「RE:BORN」からオープニングセッションの模様をレポートします。FGNを支える組織のトップが一同に会し、リニューアルしたFGNが目指す姿をそれぞれの視点で語りました。

登壇者は下記の7名です。(以下、五十音順)

・榎本 一郎さん(福岡地所社長)
・小笠原 治さん(さくらインターネットフェロー、tsumug取締役)
・佐藤 健太郎さん(GMOペパボ社長)
・高島 宗一郎さん(福岡市長)
・田中 邦裕さん(さくらインターネット社長 )
・藤沢 久美さん(福岡市雇用労働相談センター センター長、シンクタンク・ソフィアバンク代表)

モデレーター
・内田 雄一郎さん(Fukuoka Growth Next事務局長、福岡地所社員)

福岡にエンジニアを増やしたい

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写真左:さくらインターネット田中邦裕代社長、右:GMOペパボ佐藤健太郎社長

佐藤健太郎(以下、佐藤) 「当社がFGNに提供する『大名エンジニアカレッジ』は、初心者はもちろん、スキルアップをしたいエンジニアに向けた100時間くらいのプログラムです。初級から中級レベルまでプログラムを書けるようになったら、その後は実際の開発に必要なチーム開発を実践します。エンジニアを目指す人って、コードを書くことが楽しいというところからスタートするんですよね。そして楽しいからプログラミングを職業にしようとステップアップしていきます。そのステップアップを支援して、福岡にエンジニアを増やしていきたいですね」

ここでモデレーターの内田氏が、さくらインターネットの田中社長に起業のきっかけとなった高専時代の話をリクエスト。田中社長はそのエピソードをベースに起業の成功の秘訣をこう語りました。

田中邦裕(以下、田中) 「さくらインターネットを創業したのは私がまだ舞鶴高専にいた1996年のことで、私は勝手に学内に自分のサーバを立てて運用していました。学内の友人がそれを使ってウェブサイトを運営していたのですが、そのサイトが知れ渡ってアクセスが爆発的に増え、とうとう学内の回線がパンク。校長室に呼ばれることになってしまったんです。ただ『あなたを罰する校則はいまのところありません』と言われ、なんとか撤去を逃れることができました。

この出来事から私が学んだのは、自分がやりたいことが他の人のニーズにマッチしたときにすごいビジネスが生まれるということ。当時は自分のウェブサイトを作りたいという人が急速に増えていました。ただそういう人たちが自分でウェブサーバを運用できるかというと、そんなに簡単なことではありません。だからお金を払ってでもウェブサーバを使いたいというニーズがあった。これがさくらインターネット創業のきっかけです」

建物は古くてもネットワークは最新、5G時代見据え

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写真左:モデレーターの内田雄一郎さん、中央:tsumugの小笠原治取締役

ここで話題はFGNのネットワーク環境の話題に。ブロードバンド時代を超え、時代は5Gを代表に新しいネットワーク時代が到来。さらにスタートアップの事業分野にもFinTechのような高度なセキュリティが求められるものが増えてきました。FGNextはこのような時代の変化に適応できる余地を残した設計になっています。

小笠原治(以下、小笠原) 「FGNの建物はすごく古いけれど、ネットワークは最新に対応できる余白を残した設計になっていて、例えば入居企業には固定IPを無料で提供しています。これがあればある程度セキュアな環境を作ってテストすることができます。また今後5Gが当たり前に使えるようになったときに、それに対応できるような余地を残しています」

スタートアップを巻き込んで福岡を発展させたい

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写真左:福岡地所の榎本一郎社長

FGNの運営委員の一員である福岡地所は、キャナルシティ博多やマリノアシティ福岡のような、福岡を代表する複合施設や数多くのオフィスビルを運営し、福岡の地場の産業を支えています。同社が創業支援施設の運営に手を挙げげた理由を、社長の榎本さんはこう語ります。

榎本一郎 「福岡地所は、街レベルでのエコシステムを作ることが得意です。FGNの運営に手を挙げた理由は、そのエコシステムにスタートアップ企業も巻き込んで福岡の街を発展させたいから。現在、福岡市の天神地区では『天神ビッグバン』と呼ばれる再開発が進んでいて、私たちはそこに世界的に有名な大きなIT大企業を誘致したいと考えています。そのような大企業が持ち込む人やお金がスタートアップに行き渡り、成長し、それによって福岡の街自体を発展させていきたいのです。

エコシステムを作る種を育てていくという点では、福岡でスタートアップを目指す子供たちを育てることも重要です。私たちは小学生から受けられるスタートアップ育成やITエンジニア教育も進めます。FGNはその中心になるでしょう」

真の価値は“ソフトウェア”──「廃校の活用」だけでは価値は生まれない

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写真右:福岡市の高島市長

FGNは官民共働によるスタートアップ支援施設として日本中、そして世界から数多くの視察を受け入れてきました。しかしそのような視察を受け入れるなかで、FGNが短絡的な理解をされてしまうことが多いと高島市長は述べます。

高島宗一郎 「FGNには日本中、世界中からたくさんの視察が来ました。日本は東北地方の数県を除けばほぼ全部の都道府県が視察に来てくれましたね。ただその視察に対して寄せられる感想を見ていると『廃校を活用した創業支援施設を作れば成功するんだ』と捉えられてしまうことが多いんです。FGNのハードの部分にだけ注目されてしまうことが多いんですが、それは違います」

田中 「スタートアップに限らず、企業が潰れるときって、社長が諦めたときなんですよ。お金がないとか、利益が出ないとか、そういう理由で会社が潰れるわけではないんです。スタートアップを育てるには、社長がどんどんテンションを上げて諦めなくてもすむような熱量を持てる環境を構築する必要があります。

私は性格的にポジティブなほうではありませんし、ポジティブになれと言われてなれるものでもありません。ただポジティブな行動や発言をするというのは後天的に訓練すればできるようになるんですよ。そしてそのポジティブさは環境が作るんです。ポジティブな人と話をしていると自分もポジティブになるし、自分がポジティブな発言をしていると話を聞く相手もポジティブになります。性格がポジティブとかネガティブとかは関係なく、ポジティブな発言を安心してできる場所に価値がある。それが創業支援施設のある種のソフトウェアの部分だと思うんですね」

藤沢久美(以下、藤沢) 「FGNの創業支援機能のひとつに福岡市雇用労働相談センター(FECC)があります。スタートアップに限らず企業を経営していく上で、雇用や労務の問題は避けて通ることはできません。問題が生じないよう弁護士や社会保険労務士に早いうちに相談をして体制を整える必要がありますが、スタートアップや中小企業にはハードルが高いことも多いもの。しかしFECCでは雇用や労務の問題を無料で弁護士や社会保険労務士に相談することができます」

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TシャツにFECCのロゴをデザイナーに描いてもらって登壇した藤沢さん(写真右から2人目)

藤沢 「FECCに来ていただければ月曜日から金曜日まで、凄腕の社会保険労務士や弁護士の先生に無料で相談することができますし、契約書の作成までサポートしてもらえる環境が整っています。このような取り組みは福岡が日本初で、今は全国に7カ所あります。相談件数を数だけで比較すると今は他のところに負けているのですが、スタートアップの相談にこんなに専門的に乗っているのは福岡くらいではないかと自負しています。日本一と言ってもいいかもしれません。メンターも若い人が多くて、フランクに相談しやすい環境も整っています。これも福岡の特色ですね。どんな小さなことでも構いませんので、FECCを活用してください」

そして話はスタートアップの成長のガソリンである資金調達へ。資金調達に向けた体制も創業支援施設の重要なソフトウェアの一つです。FGNは既存のベンチャーキャピタルはもちろん、地元に根づいたベンチャーファンドの創設にも取り組んでいます。FGNに拠点を置いたファンドの総説に取り組む小笠原さんは、今後の目標を語りました。

小笠原 「福岡にも地場のファンドやベンチャーキャピタルが生まれてきていますが、やはり数としてはまだまだ少ない。そこで福岡地所さんとABBALabで、FGNを拠点としたファンドが作れるように準備を進めていて、今後は福岡の大きな地域の会社に営業に回っていきたいと考えています。若手の起業家やエンジニアだけでなく、若手の投資家も生んでいきたいと考えています。RATEL(18歳の起業家である吉村信平さんが立ち上げた、eスポーツ分野のスタートアップ)のような事業の良さに気づけるのは、僕らではなく、もっと若い世代だと思うんです。そういう良さに気づいた若い投資家の投資活動をサポートする環境もFGNに作りたいと思っています」

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今回のリニューアルでは敷地と道路を隔てる塀が取り払われました。隔てなく誰をも受け入れるというFGNの姿勢がここにも表れているように思います。

福岡市最古の小学校をリノベーションして作られた、起業に集中できるハードウェアと、スタートアップを支えるセミナー群や相談窓口、コミュニティというソフトウェア。創業支援施設としてその両方を兼ね備えたFukuoka Growth Nextからどんなイノベーションが生まれるのでしょうか。


文・写真:香月啓佑

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