レーサー兼業の異色エンジニア、アメリカで過ごした幼少期──ジェゲデ・ゼカライヤ:tsumug historie

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tsumugアプリエンジニアのジェゲデ・ゼカライヤ

アメリカとアフリカの両国で育ち、16歳で飛び級して名門大学に進学し、バイクのプロレーサーを目指しながらアプリエンジニアとしてIoTハードウェアのスタートアップに貢献。日本人女性と結婚し、現在は「IoTホーム」の自宅を建て、東京・調布市に住みながらtsumugとCerevoでパラレルワーク──。

そんな異色な経歴をもつのが、コネクティッド・ロック「TiNK(ティンク)シリーズ」のAndroidアプリ開発を手掛けているエンジニアのZechariah Dzegede(姓:ジェゲデ、名:ゼカライヤ)です。

tsumugのチームメンバーがどのような人生を歩んできたのかを紹介する連載企画「tsumug historie」。今回は彼のスピード感ある激動の人生を、5回に分けてお伝えします。

エンジニアと二輪ロードレーサーを兼業

初めまして、ジェゲデ・ゼカライヤと申します。ゼックと呼ばれています。1990年生まれ、29歳のエンジニアです。tsumugには2017年9月にジョインしました。現在はフリーランスとして、tsumugとCerevoの2つのハードウェアスタートアップで仕事をしています。加えて、二輪ロードレーサーのプロを目指していて、来年の全日本ライダーへの昇格が決まったところです。

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レースで走る姿

また、IoT満載の家に住んでいますので、連載の最後で紹介します。スマートホーム、IoTホームなどに関心がある人にも参考になるかもしれません。

国をまたいだ引っ越しも多く、変化の多い人生でした。読者の方が混乱しないよう、順を追ってご紹介します。

ガーナ人の父、チェコとフィンランドのハーフの母、生まれはフロリダ

生まれはアメリカ、フロリダ州のディアフィールドビーチ(Deerfield Beach)という所です。12歳まで住んでいました。

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米東南部に位置するフロリダ州のディアフィールドビーチ(Googleマップより)

父はガーナ人、母はチェコとフィンランドのハーフです。

両親の出会いは、母が参加していたボランティア活動です。母はボランティア活動で様々な地域に行っていたようで、その中で父と出会ったそうです。父は20歳まではガーナに住んでいましたが、その後アメリカへ渡り、母と結婚し、4人の子供をもうけ、フロリダで生活を送ります。

私は4人兄弟の末っ子で、上から順に姉、姉、兄がます。一番上の姉とは15歳離れています。6歳上の兄とは、一緒にサッカーやテレビゲームをしていました。

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手前がゼック、左から父、母、兄、長姉、次姉

私がフロリダにいたのは12歳までで、それ以降はナイジェリア、ガーナと一旦アフリカへ移ります。大学入学時にアメリカに戻り、2013年に日本へ移住してきました。移動の多い人生ですが、私だけではなく、一家全体がかなり国際色に富んでいます。

現在、私は日本に住んでいますが、父はガーナ、母は米オレゴン州のポートランド、1番上の姉は母と同じポートランド、2番目の姉はオランダ、兄は米ワシントン州のシアトルにいます。

一番上の姉はチェコ人と結婚し、デベロッパーの仕事に就いています。オランダに住む2番目の姉は旦那さんとアーティストとして活動していますが、旅好きな2人なので、結構あちこち移動していて、次はカナダへ行くみたいです。兄は、オシロスコープなどを作っている「National Instruments(NI)」という米国の計測器メーカーでRF(Radio Frequency)エンジニアとして働いています。

サッカー、ゴルフ、ピアノ、ダンス......幼少期に多様な経験

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私を含め、技術職に就いている家族が多いですが、幼少期に特別そういった経験があったわけではありません。

父がサッカー好きだったこともあり、兄と私はよくサッカーをしていましたし、母は子供に色々なことに触れさせたいという方針を持っていたので、ゴルフやテニス、ピアノなどもやっていました。また、個人的にはスケボーやスノボ、ゴーカート、ブレイクダンスなどにも関心を持っていましたね。BMXもちょっとかじりましたが、全然ダメでした(笑)。

残念なことに、スノボとゴーカートは幼少期に触れることができませんでした。フロリダは1年を通して温暖な地域で、雪は降りませんから、スノボをやる場所がなかったんです。ゴーカートも本気でやるなら莫大なお金が必要ですから、なかなか機会がありませんでした。

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サッカーをしていた頃のゼック

兄がプロのサッカー選手を目指して本格的なチームに入っていたこともあり、私も12歳までは一緒にトレーニングしていました。トラベルサッカーといって、週末を使って他の州まで遠征して試合をするんです。兄は実際にプロの手前まで行きましたが、私のサッカー人生は12歳で終了です。モチベーションがガクンと下がる出来事が起きたのです。

憧れだった兄の友人、バイク事故で帰らぬ人に

サッカーの道から離れた理由は次回以降にお話ししますが、もともと、私は兄と違って心の底からサッカー選手を目指していたわけではありません。どちらかと言えば、より強い関心があったのはスノボ、スケボー、バイクでした。この3つに関心を持った理由は、兄の親友だったブレッドの影響です。

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兄の親友ブレッドとの一枚(写真左:ゼック)

本当にカッコいい人で、私は彼に憧れていました。

その彼がスノボやバイクをしていたんです。ところが2004年、私が14歳の時にバイクの公道レース中の事故で亡くなりました。私の家族も大きなショックを受け、私も家で「バイクに乗りたい」とは言い出しにくい雰囲気になりました。最終的に、成人してからバイクに乗ることになりますが、当時は家族の中にバイクへの高い壁ができてしまっていましたね。

ちなみにフロリダでは、公道レースをする人が結構います。後に住んだカリフォルニアでは峠を走ったり、ちょっとスピードを出すくらいでした。

自分が興味を持っていたことで子供の頃に実際にできたのは、スケボーくらいかもしれません。

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スケートボードをやっている時の写真

私はロドニー・ミューレンというプロスケートボーダーに憧れていました。伝説的な人物で、数多くのトリック(スケートボードの技)を開発しています。今でも現役で新たなトリックを生み出し続けています。同じくプロスケートボーダーの、トニー・ホークにも憧れていました。彼の名を冠したゲームもあるので、日本ではトニーの知名度の方が高いかもしれませんね。

この後、12歳まで過ごしたフロリダを離れ、遠くナイジェリアへ移り住むことになります。サッカーを辞め、とある理由から勉強に真剣に取り組み、飛び級での大学進学を目指します。

第2回に続く
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