「燕三条」を知ったきっかけと「sutto」
「燕三条」ーー最初にその地名を知ったのは、アップルのiPodに関するあるエピソードからでした。 iPodで採用されていたステンレスの鏡面仕上げは、実は燕市の工場にいる職人の手によって作られてたものということ。そのことが頭の中にずっと残っていて、燕市がハッカソンを開催するという話を聞いたとき、自然と参加してみたくなりました。
偶然参加したそのハッカソンで、地元燕市の工場の方も加わったチームで提案したアイディアが最優秀賞を受賞し、その後、KickStarterでのクラウドファンディングを経て、「sutto」という名前で製品化することになりました。
製品は、ステンレスとチタンでできたお箸と、そのお箸がまるで宙に浮いているかのように斜めに立てかけておくことができるステンレス削り出しのスタンド。燕市を中心に5つの工場に協力してもらって、出荷に向けて製造を進めています。
そんな縁があって、自然と燕三条に行く機会が多くなり、そこで開催される「工場の祭典」という、燕三条とその周辺で開催されるイベントにも2017年と2018年と続けて参加しました。
「工場の祭典」は、普段一般の人がなかなか訪れる機会がない工場を開放し、そこで開催されているワークショップや工場ツアーに参加できるというもの。2017年は83の工場が、2018年は93の工場が参加しました。
燕三条 工場の祭典 - Tsubame-Sanjo Factory Festival
一日目
茂野タンス店
「工場の祭典2018」は10月4日から7日までの4日間開催。前年にオフィシャルレセプションには参加していたので、今回は2日めと3日めを一泊二日で参加しました。
前回、いくつかの主要な工場はすでに回ったので、今回はこうした機会でもないと足を伸ばさない、南蒲原郡の信越本線羽生田駅前の茂野タンス店にまずは行ってみました。
ここでは500円で桐のペン立て制作ができるというので、体験してみました。木工用の接着剤をどのくらいの量をつけるのか、固定の時間や注意するべきポイントなど細かい点まで、燕市出身の20代若手社員から指導を受けます。
中の仕切り板を組み合わせる際、そのままだとハマらない2つの板の接合部を板で叩いて少し凹ませてはめ込んだ後、凹んだ部分を水で濡らすとそこが膨らんで元に戻り、板がしっかりと固定されました。そうした細かい工夫まで実施で教えてもらって、ペン立てが完成。
その後、工場の様子を紹介してもらいながら、桐という材木の特性や製作の工程も見せてもらいました。
ツバメコーヒー
ゆっくりとしていきたいところでしたが、田舎では本数が少ない電車の時間が迫っているので、早めに失礼して、次の工場へと向かいました。
いくつかの工場を見た後(これらの工場もおもしろかったんですが、残念ながら工場内は撮影不可というところもあり、今回は撮影の許可をいただいた工場中心に紹介しています)、燕市吉田駅そばの叡智味噌醸造で、巨大な木の樽を使った味噌作りの工程を見学し、その後ツバメコーヒーで一息つきました。
Whole Earth Catalog
何気なく、腰を落ち着けた店内のソファーの前にあったコーヒーテーブルに古ぼけたモノクロの雑誌が置かれているのに気づきました。
そこに置かれていたのはなんと、Whole Earth Catalog。スティーブ・ジョブズが「Stay Hungry, Stay Foolish(貪欲であれ、愚か者であれ)」という言葉をスタンフォード大学の卒業式の中で紹介し、有名になりましたが、その言葉が書かれていたのがこのWhole Earth Catalog最終号の背表紙です。若かりしシリコンバレーの住人たちに多大な影響を与えたのが、このWhole Earth Catalogなのです。
そしてこの日は、10月5日。ちょうどスティーブ・ジョブズの命日でもありました。できすぎなような気もしますが、このお店のオーナーが、彼の命日にこの雑誌が来店者の目にとまるようにおいておいてくれたのでしょう。こんなテクノロジーにまつわるものが何気なくおいてあるのが燕三条らしいところです。
藤次郎ギャラリー
その日はsuttoの制作に協力してくれている工場で、制作に向けた打ち合わせを行ったあと、藤次郎という有名な包丁メーカーのギャラリーで行われていたイベントに飛び入り参加しました。
藤次郎はオープンファクトリーという形で、工場の祭典の期間以外にも見学できるようになっており、以前に一度見学したことも。ここでは詳しく触れませんが、燕市に来たら訪れたい場所でもあります。
二日目
日本洋食器
二日目は、燕市周辺の工場から回り、三条市の大規模な工業団地がある金子新田地区にある工場を最後に回りました。最初に訪問したのが日本洋食器。
朝イチで訪れたので、まだ来客はまばら。集合時刻と同時にツアーをスタートする工場もあれば、随時案内を行っている工場もあります。この工場では、しばらく他の来客を待ったあと、最終的にはマンツーマンに近いかたちで工場を案内してもらいました。
この工場では、20世紀に活躍した工業デザイナー柳宗理デザインのキッチンウェアを生産しており、カトラリーからヤカン、鍋などさまざまな製品が製造されている各工程を紹介してもらいました。
工場の祭典は、土日しかオープンしていない工場もあれば、平日だけオープンしている工場もあります。また土日開催の場合は、機械が動いていないことも。ここでは運よく、工場が動いている様子を見学することができました。
受付の横には、100円でサイコロをふるとカトラリーがもらえるというコーナーが設けられていました。記念にということで100円を払うと、サイコロを2つふるように促されました。出た目によってもらえるものが決まるのかな? と思ったら、なんと出た目の数だけ小ぶりのカトラリーがもらえるということで、コーヒースプーンやバターナイフなどをもらいました。
また来場者へのプレゼントということで、フォークとナイフのセットをもらったのですが、これが想像以上にいい品で驚きました。
スケジュールが合わないことも
日本洋食器での滞在が思ったよりも長くなってしまい、次の工場に向かうと、到着したときには、すでにツアーの説明が始まっていました。受付の方に参加ができないか確認しましたが、こちらは時間どおりにツアーが開始するということと、(工場の祭典の冊子には記載されていなかったが)事前予約制であることがHPでは告知されていたそうで、参加ができないと言われてしまいました。
たしかに、こちらは先方の好意で見学させてもらっているので、安全性などを考えるとやむを得ない措置なのでしょう。とはいえ、90箇所以上開催されている工場の祭典それぞれが同じような時刻で開始時刻を設定しており、たとえ車で移動していたとしても、どうしても時間に厳密に合わせて動くのは難しい面もあります。
でも、そういったときにどうスケジュールを組み換えてこのイベントを楽しむかも、「工場の祭典」のひとつの醍醐味かもしれません。
吉川金属
というわけで、少し引き返して、途中にあった「吉川金属」というステンレス鋼材を加工して製造業者向けに加工販売している材料問屋を訪問しました。
事前にあまり下調べをせずに、飛び込みに近い感じで訪れた工場でしたが、非常におもしろかったです。巨大なクレーンが設置されている非日常の大きな空間は、いるだけでワクワクします。
ここの工場ではすでにツアーが始まっていましたが、後から来た人も前の組に追いつけるように、随時、遅れたタイミングで参加している来場者をフォローしていました。
2017年も三条市で別の鉄金属商社の工場を訪問しましたが、その工場との違いも見えてきました。こちらの工場のほうが、より小ロットで、小さなサイズまでの板の切断に対応していて、ほぼ最終形態に近いところまで細かく切断して納品していました。工場それぞれに個性があるということがわかります。
最後に、吉川力社長から燕市にまつわる話や、鋼材の卸の仕事について伺いました。 社長は年間の半分以上、出張されているということで、どことなく親近感をもちます。今でこそ燕市は水田が広がっていますが、昔は信濃川の氾濫が多く、産業の振興のために和釘を製造するようになったことから金属加工がこの地で広がったとのこと。
お土産購入
お昼すぎからは三条市に移動し、工場の祭典に参加している刃物や工具などを販売しているお店に立ち寄りました。工具のバザーを行っており、中古のスツールと、アンティークの工場で使われていた木箱が安く販売されていたので、購入。木箱は桐でできているので、見た目以上に軽くて扱いやすく、おかげでいいお土産ができました。
ハイサーブウエノ
最後に訪れたのがハイサーブウエノ。業務用の厨房機器をステンレスの板金で製造しています。ここでは材料となるステンレス板の切断から、曲げ、溶接、研磨までの工程をみることができました。
それぞれの工程の説明をききながら、機械の横に整理された工具の様子や、板を曲げるために使われるブレードがきれいに並べられているのを見るのもよいですね。
ここの場所では、溶接がかなり低い位置にある鉄板で行われていました。工場によって、機械の配置や作業台の作りに違いがありますが、このような低い大型の作業台を使っているところは珍しいかもしれません。
燕三条で形成されるエコシステム
2017年にはじめて燕三条を訪れてから、工場の祭典にも二回参加し、今まで20ほどの工場を見てきました。燕三条でiPodの背面を鏡面仕上げしているという話を聞いたときには、そういうことができる特定のすごい工場があるとイメージしていました。
ところが工場の祭典やクラウドファンディングで進めている製品づくりのために燕三条を訪れはじめると、製造の各工程でさまざまなレイヤーや製品のカテゴリーごとに多くの工場が存在し、この地域でエコシステムを形成しているのが見えてきました。
新たな工場を訪れるたびに、いままで訪れた工場との違いや、それぞれがどのように関わっているかなど新たな発見が生まれます。来年の工場の祭典では、今回残念ながらツアーに参加できなかった工場や、違った工場へと足を伸ばしたいです。
最後に燕市のソウルフード、背脂ラーメンを紹介して締めたいと思います(ラーメンだけに)。工場の職人が忙しい間でも冷めずに食べられるように背脂によって温かい状態が保たれているラーメン。工場を見るだけでなく、この味を楽しむために、燕三条まで足を伸ばすのもいいかもしれません。
- 文・写真:美谷広海
-
FutuRocket株式会社 CEO & Founder。マイクロハードウェアスタートアップとして日本と海外(主にフランスを中心とする欧州や深セン、アメリカなど)をノマド的に行き来しながら、事業立ち上げのため奔走中。