MBAではなく「MFA」 技術とデザイン、その社会実装まで学べる社会人の「学び直し」のあり方:明星和楽2018 Summer

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勉強会やセミナー、オンラインレッスンなど、社会人向けの学びの機会に対して熱い視線が注がれています。働きながら大学院に通い、MBA(経営学修士)などの学位取得を目指す人も少なくありません。技術や社会の進化が絶え間なく続く現代においては、多岐に渡る知識を組み合わせ、思考をアップデートすることが求められています。テクノロジーの進化はもちろんのこと、そのテクノロジーを人間が受け入れやすいように設計し、社会実装までが求められている今、私たちはどのように「学び直し」を行えばよいのでしょうか。

2018年9月15日(土)・16日(日)に開催された「明星和楽2018 Summer」では、これまでに多くのスタートアップを立ち上げ支援してきたtsumugの小笠原治(おがさはら・おさむ)取締役が教授を務める京都造形芸術大学で開設したラボの取り組みについて、小笠原さんと、小笠原ラボで学ぶゼミ生たち自身がトークを展開しました。

大学院での「学び直し」からオープンイノベーションを実現する

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DMM.make AKIBAの施設

小笠原治ラボは、京都造形芸術大学の通信制大学院で開設された、立ち上げからまだ1年半の新しいラボです。拠点は京都ではなく秋葉原のDMM.make AKIBAにあり、ゼミ生は遠隔講義とスクーリングのほか、落合陽一(おちあい・よういち、メディアアーティスト/筑波大学助教)さんや稲見昌彦(いなみ・まさひこ、東京大学教授)さん、スプツニ子!(メディアアーティスト/MITメディア・ラボ助教)さんといった豪華ゲスト講師のレクチャーなどを通じて構想を進め、MFA(芸術学修士)の取得を目指してプロダクトの制作と論文執筆に取り組みます。技術やデザインを学ぶだけでなく、その研究成果をどのように社会に還元するか追求するまでを2年間かけて経験できるのが特長です。

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小笠原さんはラボの価値をこう語ります。

「ラボのテーマのひとつが『学び直し』です。いちど会社に入ってしまうと体系的に学ぶ機会がなくなってしまうし、学ぼうという気持ちも失せていきます。会社に属していると、社内での評価しか受けられなくなってしまうので、その範囲での提案になってしまいます。でも、大学院で学ぶとなると、会社の評価の枠を乗り越えることができる。いろんな会社から人が集まって、大学院のゼミに参加するという形をとれば、そこからオープンイノベーション的なものが生まれると思ったんです」

実際、このセッションに参加した小笠原ラボの学生は、tsumugにエンジニアとして関わりながらタレントとしても活動する池澤あやかさん、同じくtsumugにエンジニアとしてジョインしていて、「きゅんくん」名義でロボティクスファッションクリエイターとして活動する松永夏紀(まつなが・なつき)さん、他にもパソコンメーカーや不動産会社勤務、放送局のプロデューサーやインターネットインフラ会社のサーバーエンジニアなど実に多種多様。

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「会社ではやってみて失敗したらバツがついてしまうでしょ。でも学び直しはそうではない。"これは失敗だったね。じゃあ次はこうしよう"という場を作りたいんです」(小笠原さん)

小笠原ラボに集まる学生からは大学院での学び直しの意義について発言が相次ぎました。

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ゼミ生として参加した池澤あやかさん

「私は大学生時代にインタラクションデザインに取り組みましたが、学生当時の知識や能力では力及ばずに実装できなかったことがあったんです。でもソフトウェアエンジニアとして経験を積んだ今ならそれが実現できるんじゃないかなと感じています。そういうことに大学院で取り組めたらと思っています」(池澤さん)

「大学院で学んでアートとはなにかを考えたり、コンテンポラリーアートの系譜などを学んだりすることができたので、それによってクリエイターとしての成長がありましたね。将来的にもいつかまたアカデミックな世界に戻ってこれるような気もしています。学び直しのリハビリをしているという感じです」(松永さん)

未来の日本にはアートが不可欠

ビジネスの世界ではMBA(経営学修士)を目指す社会人が多い中、小笠原ラボを修了するとMFA(芸術学修士)が授与されます。なぜ今MFAに注目しているのか。小笠原さんは社会構造の変化からその理由を説明しました。

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「僕は、世界で一番最初に“暇な人”がたくさん増える国が日本だと考えています。少子高齢社会が進んで、人材が不足することは目に見えていますよね。これを解決するにはテクノロジーによる効率化や自動化を進めるしかありません。そうすると人間がやる仕事がなくなっていきますから、時間が生まれるようになります。そんな社会ではエンタテインメントが今まで以上の価値を持つようになるはず。その領域ではテクノロジーに加えてアート的な視点を持つ人材が不可欠です」(小笠原さん)

ブロックチェーンを使ってアートの価値を上げる?

その上でアート産業を巡る現状の問題点も指摘しました。

「京都造形芸術大学の卒業制作展の作品って、毎年トータルで1千万円くらいで売れるんですよ。その後、卒業生の活躍で作品の価値があがって数億円くらいになるんです。アートの価値は株価と似ています。赤字決算のスタートアップ企業でも株価がすごく高いところがありますよね。それは今後の成長に対する期待が含まれているからです。アートもアーティストの実績に今後への期待をかけたものがその作品の価値なんです」(小笠原さん)

「日本のアート産業の市場規模って知っていますか? だいたい2400億円と言われています。対して世界のアート市場は8兆円。そのうちの4兆円が米国で、2兆円がヨーロッパ、1兆円が中国の市場です。海外では投資としてアート作品を買う富裕層が多いですが、日本では税制的にアートを買うメリットが少ないんです」(小笠原さん)

「日本でアートで生きていこうとすると、アーティストは現状ではギャラリーに所属するしかないんですね。例えば絵に100万円の値を付けてそれが売れた場合、多くの場合はアーティストとギャラリーが売上を折半することになります。そしてその絵が価値を増して1000万円で転売されたとしても、アーティストには一銭も入らないんですよ。これはちょっと厳しくないですか?」(小笠原さん)

そこですかさずラボ生から「それ、ブロックチェーンを使えば解決できるのでは?」と意見が飛びます。

「まさにそれ。アートの取引専用の暗号通貨"アートコイン"を作って、アートコインに参加するアーティストの作品はアートコインだけで売買できるようにする。アートコイン以外で取引された作品はアーティストがそれを本物と認めない。そうすれば作品が誰にどう渡ったかの履歴がブロックチェーンで管理されます。そして取引が行われるたびにその金額の一部がアーティストに入るというしくみをつくれば、アート作品の価値が向上すると思うんです」(小笠原さん)

研究テーマを自分で設定することの難しさ

来年の3月には初の修了生が生まれる小笠原ラボ。セッションではどんな修士論文に取り組んでいるか、小笠原さんがラボ生に問いかけました。

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すでにクリエイターとして活動している松永さんは、ロボティクスの知識を活かしてウェアラブルロボットの研究と制作に取り組んでいます。ロボットと聞くとそこにどんな機能が搭載されているか気になってしまいますが、ソーシャルとロボットの関わりを追求する彼女は、機能のない、ファッションとしてのウェアラブルロボットを構想しています。

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きゅんくんさんが製作したウェアラブルロボット

コンピューターメーカーに勤めるラボ生は、テレワークが推進されているのに定着しない理由としてコミュニケーションの問題を指摘し、その解決のためにバーチャルオフィス空間に違和感のないアバターのありかたについて取り組むとのこと。自身の課題解決はもちろん、研究を通じて自社製品への開発にもつながると目論んでいます。

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不動産会社に勤めるラボ生もバーチャルオフィスに注目していますが、着目点はコミュニケーションではなく環境。会社でオフィス空間やコワーキングスペースに取り組んでいる経験から、VR空間におけるワーキングスペースの快適性にフォーカスしたいと考えているそうです。

大学院での研究テーマは、所属研究室の研究内容に沿ったものから選ぶのが一般的ですが、小笠原ラボでは扱う分野が多岐にわたるため、ラボ生はテーマを自分で設定しなくてはなりません。このような環境にしたのは小笠原さんのこれまでの経験が大きく影響しています。

「テーマを自身で決めることには難しさもあります。どうしても自分のスキルセットで考えてしまいがちだし、ゲスト講師の話など影響を受けてしまってブレてしまうこともあります。僕が強いテーマを設定することもできたし、そうすればラボ生もやりやすかったかもしれない。でもテーマをみんなで決めるところからスタートしたことが、僕にとってこれまでと大きく違うところです」(小笠原さん)

「起業をするときって、もうその時点でテーマが決まっているんですよね。これまでずっと起業を続けてきて、その中で学んだことはもちろんたくさんあったけど、何かを体系的に学ぶ機会ってあまりなかったんです。だから本当は僕は大学生になりたかった。でも残念ながら大学の先生になってしまったので、みんなと一緒に学んでいきたいんです。コミュニティを通じて学ぶことが大学院での学びの重要な側面だと考えています」(小笠原さん)

短期集中期間の積み重ねでアートへの理解を深めてほしい

学び直しにおける試行錯誤の重要性を語った小笠原さん。小笠原さんはラボの今後について、もっと短いタームで取り組めるようにしたいと語ります。

「最初は会社に勤めながらも、腰を据えて2年間学ぶのが良いと思っていたんです。でも社会人にとってはやっぱり2年間は長いですね。学んでいる間に会社の中での役割も変わっていくし、仕事の内容も変わります。スタートアップだったら2年間は事業の存続に関わります。とはいえやっぱり仕事とは違う時間軸で考える期間をまとめて取ることは重要なので、今は半年間の研究生制度を導入しようかと思っています。そのアカデミックな半年を4回組み合わせると修了できるようにしたいですね」(小笠原さん)

「MBAを取得するのは若いときのほうがいいと思うけど、アート、特にファインアートの世界は40代や50代からでも深める意味がある分野です。だからまとめて一気に学ぶのではなく、短期に集中する期間を細かく設けて、その積み重ねで理解を深めることができるはずです。大学院での学びを通して、アーティストをめざすというより、アートと自分の距離感を縮めることができたらいいなと思っています」(小笠原さん)

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このセッションは小笠原ラボのスクーリングも兼ねており、ラボ生と一般参加者が一緒になって議論が進みました。子ども向けの教育はだんだんと進化していますが、社会人の学び直しはまだ道半ば。ただしその重要性を叫ぶ声は日増しに大きくなり、変化の胎動も起きています。そんな中で小笠原ラボの取り組みは、リファレンスとして影響を与えてほしいと感じるセッションでした。

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文:香月啓佑・松村錬磨 写真:宮崎ひびトウユウジ

小笠原治さんと孫泰蔵さんの対談記事はこちら

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