【全文版】孫泰蔵と小笠原治が語る“弟子”牧田社長の成長曲線:tsumugに寄り添う人々

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今回は、tsumug(ツムグ)の牧田恵里社長が起業家として尊敬する2人の大先輩、Mistletoe(ミスルトウ)の孫泰蔵さんとABBALab(アバラボ)代表取締役で、現在はtsumug取締役でもある小笠原治さんの視点から、牧田社長がどのような道を歩んできたのか、本音モード全開で語ってもらいました。

対談の抄録版はこちら

3人の出会いは、牧田社長がいくつかの転職を経て、アクセラレータープログラムを運営していたベンチャーキャピタル(VC)のMOVIDA(モビーダ) JAPANに転職したところから始まります。

具体的に仕事を始めたのは、子供向けのスマートデバイスを作るPiccolo(ピッコロ)事業をスタートした時。当時の様子を2人はこう語っています。(以下、敬称略)

共同創業はケンカ続き、ピボット決断で意見が決裂

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左:孫泰蔵さん、右:小笠原治さん

小笠原治 牧田がMOVIDAに入ってしばらくして、将来について泰蔵さんと話をした時に、泰蔵さんのPiccoloと僕が立ち上げたABBALabのどっちをやろうかって言ってたんですよね。

孫泰蔵 ABBALabはIoTスタートアップを育成する会社で、当時の会社資料を牧田が半分ぐらい作ってたからね。

小笠原 海外のアクセラレーションを調査したりしてもらってた。結局、Piccoloを泰蔵さんと2人で立ち上げることになったから、泰蔵さんと共同創業した経験があると言っていいわけですね。

 そもそもPiccoloのアイデアは牧田がMOVIDAでプレゼンしたものが元になっている。

小笠原 そこからいろいろありましたよね。いま思い出したんですけど、Piccoloのプロモーションビデオを撮影してた時に、すっごい情緒不安定な牧田からいっぱいメッセージが来てたり......以前にお母さんの会社を手伝ったことはあるけど、自発的な創業はたぶんこの時が初めてのはずで、いろいろパツパツになっていたんでしょうね。

 その時はビデオ撮影とかだけじゃなく製品の設計とかまでやって、結局製品は出しませんでしたけど、ハードとソフトの企画を量産寸前のところまで、いっぺんがーっと経験してるんですよね。

小笠原 その1年間でぎゅっといろんな経験をさせてもらったんでしょうね。

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Piccolo時代の牧田さん(左)と孫さん(右)

 それからPiccoloをピボットするんですが、牧田はどうしても「製品を出したい!」と言い、それに対して「出さん!」と僕が言ったり、まあ何というか例えが微妙なんですが、状況的には産もうとした子供を産めなかった的なことになったわけですよ。それもあって彼女が情緒不安定になったりするんですけど。

小笠原 すごいケンカしてましたよね。

 大きなお金と人と情熱を心血注いで量産寸前まで持ってきた製品を、苦渋の選択で産まないと決めるっていうのは、それは相当な決断だったんですけど......。

小笠原 傍から見ると別れ際の男女の痴話喧嘩みたいだった。

 そうそう、もうなんか話ながら突然泣くとかね。

小笠原 ありましたねぇ......。

 本当はするべきことはいっぱいあるし、環境もあったのに、でももうなんか「できない」と彼女が思い込んでしまったりして。たとえば、「子ども向けのサービスやワークショップなんかだったらすぐにできるんじゃないか」みたいな話をして、実際に企画してやってみたけれど、続かないんですよね。

小笠原 たぶん本質的なことじゃないから、余計続かないんでしょうね。

 モノづくりはハードウェアだけではないんだという話をするんですが、どうしてもそこがかみ合わず、どちらかが正しいという話ではないまま、彼女も辞めますというのも言い出せなくて、それがもう半年ぐらいかかるわけです。

小笠原 僕はその半年間、えらい時間使わされましたけどね。

 僕はちゃんと言ってこなければこちらから何も聞かないし、聞いてほしそうにしててもしらっとしてる。

小笠原 「ちゃんと覚悟決めて来い」みたいな。普通に考えたら、嫌な上司というか創業者に思われるでしょうね。「ちょっと助けてよ」というのがわかっててそうしない。でも、そこで助けないのが優しさですよね。

 もちろんその途中にはね、いろいろ一緒に話そうよ、というのはずっとあったんですけど、もう途中から泣き出して話にならんとか、いろいろあるわけですよ。

小笠原 とにかく、すっごい泣き虫でしたね。

それで思い出したんですが、その頃にPiccoloを他で出す方法はないのかとか、あがきの相談がしょっちゅうあって。それで「俺の会社じゃないし、お前らで出さないと決めたんだから出さない方がいいんじゃないか」と言うと、「小笠原さんも敵ですか」みたいな話になるわけですよ。

泰蔵さんを朝8時に呼び出して退職の申し出、tsumug創業へ

 彼女の場合はモノを作って世に出したいという想いがすごく強かったですね。

小笠原 そうそう。とにかく何か作りたいから当時僕がプロデュースしていたDMM.make AKIBAに通って来るわけですよ。こっちはくそ忙しいのに目の前に座って「おがさ〜ん」とか言ってくるというのがしばらくあって。

 (苦笑)

小笠原 ある時、雑談ベースで話をしてて、何かの話題から「お前って男運悪いやろ」みたいな話をしたら「確かに悪くて…...」みたいになって、その時に元カレに鍵をコピーされて不法侵入されたというのを初めて聞いた。「だから物理鍵無くしたいんですよね」と言うから、「え、それでいいじゃん。そこやるんやったら(資金)出すわ、となったんですよね。

 でもそこからまたどんどんどんどん悩み始めて......

小笠原 何ヶ月かたってようやく泰蔵さんに言いに行ったんですよね。

 それがまたくそ忙しい時で。その時は朝から用事が詰まってると言ったら、「それなら朝7時にどうですか?」となって、「じゃあどこで?」って聞くと「どこでも行くんで」って何も提案してこない。しょうがないから「近くに喫茶店を見つけたので8時にそこで」ってなって。

小笠原 いよいよ話を聞きます、と。

 それが会ったら会ったで、沈黙がこう10分ぐらい続いて......

小笠原 ほんまに別れ話みたいな。

 「いや〜暑いわ〜」とか言いながらもう涙がにじみ始めてるし。

小笠原 「時間ないっていったよね」って言いたいところなのに。

 ようやく「あの......えっとPiccoloを辞めさせてください」と言って、「はい」と返事しただけ、みたいな。

小笠原 それって前から決まってたけど、きちんと言っておきたいって感じですよね。

 はい、そういう感じで......あれ、なんかいま痴話喧嘩を打ち明けてる気分で話してる? すっごい恥ずかしい感じなんですけど。

小笠原 (爆笑)

1年泣かない約束は11ヶ月目で......

小笠原 それでまあ、ようやく「新しいアイデアをやります」ってなった時なんですが、最初に「これから1年間、プライベートは知らんけど、仕事のことで泣いたらもう絶対手伝わへんからな」って約束したんですよ。その頃はもうすっごい泣き過ぎだったんで。

なのに11ヶ月目で泣きましたからねぇ。「ぎりぎり惜しいのはやめろ!」みたいな…...そんなんでしたよ。

 それで思い出したけど、牧田は話してると「はい」とか「うん」とか言うんだけど、たぶん分かってないなって思って、ちょっと怒り口調で「ほんとに分かってなかったら絶対『はい』とか『うん』とか言うなよ」って言ったら、そこからひと言も発しなくなって…...

小笠原 「やっぱりか」って感じですね。

 その後もいろいろあって。

小笠原 最初はやっぱりスタートアップがよく陥りがちな所で悩み始めるんですよ。「TiNK(ティンク)」を始める時に100万個でやろうって決めてて、例えばAPAMAN(アパマン)と提携したらいけるんじゃないかとかいう話を一番最初にしてるんですけど、なんか急に怖くなるのかちっちゃく考え始める。

それで3000個で話を進めちゃうから、ぜんぜん想像と違うモノになっていくんですよね。で、こっちは何回も言ってるんですけど。

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tsumugが開発するコネクティッド・ロック「TiNK」(左:室外機、右:室内機)

 それってどのスタートアップも同じで、ほぼみんな同じようにスタックする。逆にそう考えなければ進むはずなんですけどね。

小笠原 牧田はそこを1年かけて自分の考え方を変えるようにもっていったんじゃないですかね。スタートアップで何か始めるのに100万個と言うと多いと思われるところが、もうすでにもっと賛同者を得て1000万個と言いたいと思うようになってるはずなんですよ。そこはすごいなぁと思ってる。

 悩む人ほど伸びしろがあるのかもしれませんね。

これまでいろんな起業家を見てきましたけど、そこでつっかかる? っていうところでいちいち全部こける。牧田もそうだけど、それをすごく良くとらえると、全部自分事で納得できないと前に進まないぞ、って考えているわけで、越えていくと確実にできるようになってる。

小笠原 何かやる時って、何回もかけ算しないと2倍にはならないんですが、だけどそこはやる人なんじゃないですかね。

雇用の失敗体験から、社員ゼロの新たな組織の形が生まれた

小笠原 牧田って最初は、こずる賢い感じがあって、こうすれば人が動くとか周りがやってくれるというのが分かっていたところがあった。けれどもそこを1個ずつはがしていくと結果面白い人だったなというのはあります。ただ、人を怒らすのがうまいですよね。

 人をイライラさせたりね。本人がまずムキになるし。

小笠原 何でも知りたがりで、エンジニアにも「ちゃんと教えて」みたいな感じやっちゃうんで。それも最近薄れて変わってきましたよ。

 任せるところは任せないと進まないのが分かってきた。

小笠原 そこはほんとに成長中の経営者だというのは感じますね。あとは、もうちょっとカッコつけなくなったら面白くなるんじゃないですかね。

たとえば組織づくりにしても、最初に雇った人たちとはあまり上手くいかなくて、離れていってしまってからは人を雇うのが怖くなってたところがありますね。

 結果的に、TiNKを世に出すためのチームに業務委託形式で参加してもらおうというように体制を変えたんですよね。

小笠原 なのでtsumugはいまだに従業員0で、それでどこまで行けるか分からないんですけれど、TiNKと同時に、牧田自身が人と一緒に仕事をするスタイルを作っているところじゃないですかね。

 そもそも僕自身は正規雇用っていう形があまりいい感じがしないんですよね。

小笠原 それを変えるには先に経営者が変わるしかない。牧田はそれを2〜30人相手にやっているところですね。

思想が見えるプロダクトづくりで4000年の歴史に挑戦

小笠原 生活の中で鍵とか錠前に接しない人っていないと思うんですが、まずそこを変えていこうと牧田が考えてるのに共感するし、「物理鍵を無くす」というひと言が僕はもうずっと気に入ってます。鍵は紀元前2000年頃から使われていて、つまり4000年の歴史をひっくりかえしてやろうといってるのが結構面白くて。

 今の鍵に対する考えはセキュリティであって、人を入れないとか何かを盗られないようにロックすることのほうが注目されている。けれどTiNKは中に入れたい人を入れるという考え方で、それがもう一度新しく脚光を浴びる形になるってことなんだと思ってます。

小笠原 スマートロックっていわばスマホロックで、そうではなく空間の使い方や考え方をスマートにしてくれるコネクテッド・ロックというのを作りたいと牧田が言ってくれてるので、それは手伝いたいなと思ってます。

コネクテッド・ロックのアイデアとして、相手を信頼してるから鍵を渡すのではなく、切りたい時に切れるから渡せる、トラストレスみたいなところを意外と初期の頃から牧田自身が言っていたのが面白いと思っていて。

TiNKのプロモーション映像で、別れた元彼の鍵をぷちっと切るところを見せるとみんな笑うんですけど、実際はこれが本質だと思っていて、人の出入りをフルコントロールしてますよというのをはっきり提示できている。それが、手伝いたいと思ってる理由でもありますね。



 彼女の体験は最も典型的な例で、TiNKは元カレの鍵を切るところからワンタイムで貸すところまで幅広いのがいいんだよね。

小笠原 いろいろな使い方を包み込むようにプロダクトの思想があるのは楽しいところですね。

 それに、新製品のユースケースをすごく端的に分かりやすく映像で見せているスタートアップってほとんどないんですよ。ティーザーのお洒落ビデオはいっぱいあるんですけど、なるほどと思える作り方はなかなかできなくて。たぶんPiccoloで練習したからできてるというのはありますね。

小笠原 そこにお金のちゃんと使ったのも大事で、投資側からするとお金を使わないスタートアップは全くダメで、その点、牧田は違うというかバカみたいに大きい数字を持ってくるというのはやってくれる。お金を使ってもらわないと僕たちの存在価値ってないですからね。

「これからの牧田はきっと面白くなる」

小笠原 牧田という人間は、泰蔵さんと一緒にいる時から、やたらなんでもつっかかって、すぐ泣いて、挫折して、それでも自分でやるって決めて、やっぱり失敗もして、人も離れて、でも結果、新しい人との関わり方を見つけて、資金も集めて数字も大きく動かして、でもしょっちゅうへこんで…...を繰り返してる途中なんで、ここから自分のやり方が固まれば面白くなるでしょうね。

 プロダクトだけでなく、それを手伝ってる人たちが魅力的であれば、それに惹かれてまた別の魅力的な人たちが集まってくれる。面白い人たちが来たことでよりビジョンがはっきりしたり、プロダクトのビジョンがアップデートされたり、そういう良い循環がtsumugの場合はうまく進んでるように感じます。

小笠原 これまでの組織やチームをリバイスしたような新しい空間作りを目指してるって感じですね。

 働き方や生活にはいろいろモードがあって、それによって空間の目的が変わることをモーダビリティと呼んでるんですが、さらにそれに合わせてアクセシビリティが変わるってことなんですよね。

小笠原 きれいに言うと、そういう泰蔵さんの考え方を弟子の牧田が実行してるように外から見えなくはない。

 もっと良い弟子になってくれるよう期待してます。


孫泰蔵(そん・たいぞう)
世界を代表する連続起業家でありIT関連スタートアップを多く成功させた投資家。
現在、スタートアップの育成を通じ、中長期視点で社会課題を解決するCollective Impact Communityという新業態を標榜するMistletoe(ミスルトウ)のFounderとして、社会課題の定義および、それら課題を解決しうるスタートアップ形成に尽力する傍ら、複数のITスタートアップで役員も兼務し、数多くのスタートアップを成功へと導いている。

小笠原治(おがさわら・おさむ)
株式会社ABBALab株式会社nomad代表取締役、さくらインターネット フェロー、DMM.make エヴェンジェリスト、awabarオーナー、fabbitオーナー、京都造形芸術大学 顧問
1990年、京都市の建築設計事務所に入社。1998年より、さくらインターネット株式会社の共同ファウンダーを経て、ネット系事業会社の代表を歴任。2011年、株式会社nomadを設立し「Open x Share x Join」をキーワードにシード投資とシェアスペースの運営などスタートアップ支援事業を軸に活動。2013年、ハードウェア・スタートアップ向け投資プログラムを法人化し株式会社ABBALabとしてプロトタイピングに特化した投資事業を開始。同年、DMM.makeのプロデューサーとしてDMM.make 3Dプリントを立上げ、2014年にはDMM.make AKIBAを設立。2015年8月からエヴェンジェリスト。同年、さくらインターネットにフェローとして復帰。ほか、経済産業省新ものづくり研究会委員及びフロンティアメーカーズ育成事業プロジェクトマネージャー、NEDO TCP事業委員、北九州ソーシャルイノベーション機能構築会議委員、経済産業省主催の研究会「メイカーズ2.0研究会」委員、福岡市スタートアップ・サポーターズ理事などを歴任。また、2016年より、京都造形芸術大学の小笠原ラボ顧問に就任。


文:野々下裕子

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