牧田社長「当時はアップルになれるかもしれないと思った」──tsumugの誕生から振り返る:つむぐる交流会

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tsumugの牧田恵里社長

tsumugが創業当初から約3年半の間、仕事場としてきたコワーキングスペース「DMM.make AKIBA(以下、AKIBA)」。このたびtsumugが新オフィスに移転したので、「これまでお世話になった場所に感謝を伝えたい」と考えた社長の牧田恵里さんが、10月2日に卒業イベント「つむぐ(tsumug)る交流会」を開催しました。

会場にはtsumug関係者のほか、AKIBAに入居するスタートアップの仲間たちが集結。ものづくり談義に花を咲かせました。イベントの冒頭では、AKIBAの発案、担当者であり、tsumug取締役でもあるABBALabの小笠原治さんとともに、牧田さんが登壇。tsumugとAKIBAの3年半を振り返ります。

「最初は17軒も断られた」DMM.make AKIBA誕生秘話

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tsumug取締役の小笠原治さん

トークの起点となったのは、AKIBAが作られた経緯について。牧田さんが「小笠原さんとDMMの亀山(敬司会長)さんのawabarでの立ち話から始まったんですよね」と水を向けると、当時の出来事をこう小笠原氏が語りました。

「最初は1億円くらいで小さいメーカースペースを作ろうと思っていたんですよ。そんな話をしてたら亀山さんから『DMMでやらないか』って言われまして。ただ、7年前のDMMは(まだアダルトのイメージが強かったので)ちょっとレピュテーションリスクが高いと思いました。なんとなく20倍程度のリスクがあるかなと思って、4年で20億円かかりますよと言ったら、その場で『いいよ』と言われて、始めることになったんです」(小笠原さん)

資金調達のめどが立ち、いざ始めようとしたところ、場所探しで苦労したといいます。

「ワークスペースを秋葉原で始めることは決めていたんですけど、入居できるビルを探しても17軒から断られてしまって。当時はまだアダルトのイメージが邪魔してて。でも、このビルだけがやろうとしてることを理解して貸してくれました」(小笠原さん)

なんとか場所が決まったものの、その時点でオープンの日程がすぐそこまで迫っていました。創業者たちの手弁当で作業したとか。

「オープン日まで3ヶ月しかなかったので、3フロア分を一気に作るという苦行がありましたね(苦笑)。たとえば、今皆さんが歩いている床の木は、一枚一枚手張りをしたんですよ。これを全部やれって言われたらゾッとしませんか?いい椅子を買おうと思ってたけど、納品が間に合わないということで作ったほうが早いと。そのうちにリプレイスするはずが、結局そのまま残っちゃいましたね」(小笠原さん)

ものづくりのためのワークスペースAKIBA自体が、“ものづくり精神”によって作られていたのです。

「当時はアップルになれるかもしれないと思った」tsumugの誕生から振り返る

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続いて、このワーキングスペースと時を同じくして誕生したtsumugの過去を振り返るパートが始まりました。当時はベンチャーキャピタルで働きながら、誕生のきっかけとなった2人の会話を聞いて「そんな素敵な場所ができるのか!」ってワクワクしていたという牧田さん。

「この場所で新しいものを作った人が、少量の生産でマーケットにトライして、その後は大量生産へ……という流れを作ろうとしていたんですよ。この話を聞いたときに、マジでアップルになれるかもしれないと思いました。小笠原さんが”作れない言い訳をさせない施設”を作るって言ってたのを覚えていますね」(牧田さん)

そして、ハードウェア作りで試行錯誤していた過去を、デモムービー見ながら振り返っていきます。「知り合いが格安で作ってくれた」という最初期の映像から始まり、「ここからは株主と仲間が増えた」「これはみなさんも見たことがあると思う、現行のムービーです」と、フェーズごとのデモムービーを紹介。

あるムービーの中では、手のジェスチャーを登録することで、そのアクションによってカギを解錠するシステムを描写してあったため、小笠原さんが「これ、いいよな。なんで特許の申請をしなかったんだろう」とぼやく一幕もありました。

最後に、これまでtsumugとともに歩んできた仲間たちの写真を見ながら、「彼らと一緒にいるのは気持ちよかった」としみじみ語る牧田さん。

「私はコミュニケーションが苦手で団体行動ができないんですけど、彼らと一緒だと大丈夫だったんです。少しくらい遅刻しても誰も怒らないし、なんとなく自然に同じ方向を向いて動いていたりして。団体行動が苦手なメンバーが集まると、自分も団体行動ができるという新しい発見がありました」(牧田さん)

「おれは遅刻に怒ってたけどな」という小笠原さんのツッコミもありつつ、オープニングトークは幕を閉じました。

ものづくりな人々がさらに交流できる“芽”を作る

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写真右:tsumugエンジニアの横谷サティさん

その後、ここ1ヶ月ほどでtsumugの活動にジョインしたエンジニアの横谷サティさん、創成期から仕事を手伝ってきた松永夏紀さんが登壇。

サティさんはスライドを使った自己紹介、松永さんは「カメラロールにあった写真をもってきたので見ましょう」と時系列順に写真を公開しました。

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写真右:tsumugエンジニアの松永夏紀さん

松永さんの話では、ときには発表会の直前にタクシー内でデバッグをしたり、CESのため渡米した際に風邪をひいた過去も。CESの展示の準備やtsumugの製品発表会のために徹夜をした思い出を語ったところで、牧田さんが「ここから見える朝日がキレイなんだよね……」と語るも、つい最近ビルが建ったことを知らされて、「見えなくなっちゃったの!? あの朝日を見るために徹夜してたようなところもあったよね」と当時をしみじみと振り返っていました。

tsumugの関係者向けに開催した、松永さんのCAD講習会の写真が公開されると、会場から「参加したい」という声が複数あがっていました。「ソフトウェアエンジニアがものづくりできるようになったらおもしろいと思って開催しました」という説明に対しても強く賛同する声も。ものづくりに関する人々の、さらなる交流につながる芽となるのかも……?

これまではハードウェアに注力しすぎた反省を活かし、移転後はサービスの充実にさらなる力を注ぐというtsumugの今後に、期待しましょう。

文:森祐介

毎日ウルトラ怪獣Tシャツを着ているフリー編集/ライター。インドネシアの新聞社、国会議員秘書、週刊誌記者を経て現職。政治・社会、アイドル、スポーツなどの仕事を主に担当しています。

写真:山﨑悠次

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